現在、詐欺や金融犯罪の増加を受け、政府や業界団体、民間企業において不正口座情報の共有が検討されています。このように企業や組織が保有するデータを安全かつ効率的に他者と交換・共有し、互いに価値を創出する仕組みのことを「データ・エクスチェンジ」と呼びます。これらは法律上の規制やデータ主体との契約はもちろん、利害関係者の目的や思惑が一致しない限り、一朝一夕には構築し得ない仕組みです。
本稿では米国における代表的なデータ・エクスチェンジの事例として、「Small Business Financial Exchange(以下SBFE)」の特徴をご紹介します。
SBFEは2001年に設立された米国の非営利協業団体で、中小企業信用情報の流通促進を目的に活動しています。設立以来、SBFEは中小企業の信用履歴や支払いデータを一元管理し、データの標準化と共有プラットフォームとしての役割を担ってきました。特に2006年の成長期を経て、2014年には単一データ配信モデルから複数ベンダーによるサービス提供モデルへと進化、2018年以降はDun & Bradstreet、Equifax、Experian、LexisNexis Risk Solutionsなど米国における主要情報ベンダーとの提携が全て整い、高度な信用評価サービスを提供しています。20年以上にわたる歴史を持ち、現在では米国最大級の中小企業信用情報ネットワークとなっています。
SBFEは加盟する約140社の金融機関が、保有する中小企業への融資履歴や支払実績等の信用情報を受け入れ、標準化されたデータを情報ベンダーに提供します。情報ベンダーはこのデータを使って信用スコアや信用調査報告書、リスク管理分析ツールなどを開発し、加盟社はこれらを参考に信用判断を行います。
最も特徴的なのは、「give-to-get(出した分だけ得る)」モデルで、加盟社は自社情報を提供することで他の加盟社の情報も利用できる互恵的プログラムとなっている点です。また、SBFEはデータの中央ハブとしてのみ機能し、信用スコアの作成には直接関与しません。Dun & Bradstreetなど認定を受けた情報ベンダーの評価モデルを通じて、公平性と透明性を担保しています。
出所:Small Business Financial Exchange | Becoming an SBFE Member
SBFEの規模は以下の通りです:
この大規模かつ多様なデータ基盤により、加盟社は精度の高い信用リスク評価を実現し、中小企業への融資環境を改善しています。これらの信用情報は市場全体のリスク管理強化のみならず、中小企業の実態確認の精度を高め、引いてはマネーロンダリング防止や金融犯罪抑止にも資するであろう、社会的意義の大きい取り組みとも言えます。
日本の信用情報交換は、主に個人信用情報を扱うCIC (株式会社シー・アイ・シー)、JICC (株式会社日本信用情報機関)、およびPCIC (全国銀行個人信用情報センター)が主体であり、個人の信用履歴やカード利用情報を中心に共有されています。
もちろん、日本と米国では金融環境や商業銀行の在り方、信用情報に対する慣習自体が大きく異なる側面は否めません。ただ、SBFEのように大規模な中小企業信用情報の交換は、日本において類例を見ないことは確かです。
データ・エクスチェンジを機能させるために、SBFEから学べる点をまとめてみましょう。
これらの要素が揃えば、SBFEのように単なる情報共有を超えて参加者全体に長期的価値を生み出す、理想的なデータエコシステムが育まれる可能性があります。
本稿では、米国における代表的なデータ・エクスチェンジの事例として、SBFEの概要から仕組み、規模、社会的インパクト、日本との比較を中心に紹介しました。
参加者全員が持続的な価値を享受できるデータ・エクスチェンジの設計と運営は容易ではありません。
しかしながら、SBFEは金融市場の健全化と中小企業の資金融通円滑化に貢献するのみならず、金融犯罪対策への間接的な効果も期待できます。特に最近は暗号資産を利用した金融犯罪やマネーロンダリングの脅威が高まり、リアルタイムな情報共有による早期検知の重要性が一層高まっています。