ベルギーは、第5次相互審査の先陣として、FATFから最新の評価を受けた国のひとつです。
本稿では、2025年12月に公表された「ベルギー相互審査報告書」の内容を手がかりに、2028年に予定されている対日審査に向けた対応のポイントを考察していきます。
相互審査報告書の論点は多岐にわたりますが、本稿では、とりわけ勧告改訂を通じて要求水準が引き上げられている実質的支配者(Beneficial Ownership/BO)関連の部分に焦点を当てて紹介します。 ベルギー第5次相互審査(2025年MER)における勧告10・勧告24・IO.5は、いずれも実質的支配者をめぐる制度設計・運用についてかなり踏み込んだ評価となっており、日本の今後の対応を検討するうえでも示唆に富む内容です。
Mutual Evaluation Report of Belgium-2025
https://www.fatf-gafi.org/en/publications/Mutualevaluations/mer-belgium-2025.html
目次
1.第4次相互審査(2015年)からの流れと指摘事項
2.第5次相互審査(2025年MER)の結果概要
3.主な指摘事項(勧告10/勧告24/IO.5、特に実質的支配者にフォーカス)
4.対日審査に向けたポイント(実務・政策の観点)
1.第4次相互審査(2015年)からの流れと指摘事項
- 2015年の第4次相互審査時点で、ベルギーは勧告10(顧客管理)について「概ね履行(Largely Compliant)」と評価され、その後の2018年フォローアップで「 履行(Compliant)」まで格上げされました。顧客管理において、法令整備状況は、FATF基準に適合しているという位置づけです。
- 一方、勧告24(法人の透明性と実質的支配者)は、法人登記・実質的支配者登録簿を整備しつつも「情報の正確性・最新性をどう担保するか」「ノミニー/ストローマン*の悪用をどう防ぐか」が改善点として繰り返し指摘されてきました。
*実態の支配者とは別の人物を名義上の取締役や株主として立てることで、真の実質的支配者を隠すための名義人
- IO.5(法人等の悪用防止)については、第4次相互審査時から「法人悪用リスクは高いが、リスク理解と実質的支配者情報の実務的な活用が追いついていない」とされ、強化優先分野としてフォローアップの対象になっていました。
2.第5次相互審査(2025年MER)の結果概要
- 第5次相互審査では、ベルギーは勧告10で引き続き「履行(Compliant)」評価を維持しており、引き続きFATF基準を満たすと評価されています。
- 勧告24は「一部履行(Partially Compliant)」にとどまり、特に「法人登記・実質的支配者登録簿におけるリスクベースの検証不足」「実質的支配者情報の正確性を保証する仕組みの弱さ」「ノミニーや外国法人・外国信託の扱い」が大きなマイナス要因となっています。
- IO.5は「中程度(Moderate)」との評価で、「仕組みはあるが、マネロン/テロ資金供与リスクに見合うレベルには運用が達していない。重大な改善が必要」という総括がされています。
- その結果、ベルギーは第5次相互審査後も「強化フォローアップ(enhanced follow-up)」の対象とされ、特にIO.5関連ではKey Recommended Actions/KRAが明示的にロードマップに位置付けられています。
3.主な指摘事項(勧告10/勧告24/IO.5、特に実質的支配者にフォーカス)
3-1 勧告10:実質的支配者の定義を含む顧客管理の枠組みは整備済みだが、運用の精度が問われている
- ベルギーのAML法では、会社の実質的支配者を「25%超の持分・議決権による支配」だけでなく、「それ以外の手段による支配」「最終的には上級管理職を実質的支配者とみなすバックストップ(最後の手当)」まで含む、FATFと整合的な定義を採用しています。
- 金融機関は、顧客受入ポリシーと継続的顧客管理の中で、実質的支配構造・事業の実態・支配関係を把握することが求められ、実質的支配者登録簿の情報も活用しつつ実質的支配者情報の妥当性を検証する責任があります。
- 法令面では高評価ですが、相互審査報告書(MER)本文では「実質的支配者情報の更新・検証をどこまで実務で徹底しているか」「実質的支配者登録簿との不一致をどう処理するか」など、運用上の課題が現れています。これは勧告24、IO.5の改善点とも密接に関係しています。
3-2 勧告24:実質的支配者登録簿はあるが、「正確で最新」かどうかの検証が弱い
- ベルギーは、企業基本情報登録簿(Banque-Carrefour des Entreprises)と実質的支配者登録簿(Beneficial Ownership Register/UBO Register)という二本立てで、法人の基本情報と実質的支配者情報を収集・連結する仕組みを構築しています。
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- 設立時のチェックが「形式審査」にとどまり、実質的支配者情報の正確性チェックは行われていない。
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- 登録後の検証も限定的で、「不一致通知」「休眠法人の解散」など個別の施策はあるものの、リスクベースで系統的に誤り・虚偽を検知する仕組みにはなっていない。
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- 2019年の会社・協会法(Companies and Associations Code/CSA)改正で法人設立が容易になった一方、シェルカンパニー、ノミニー取締役/株主、ストローマンの利用を抑止する手立てが十分でない。
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- 外国法人やベルギーに資産・管理拠点を持つ外国信託等について、実質的支配者情報の網羅性・正確性・遵守状況を把握しきれていない。
- そのため、KRAでは特に次の3点が優先課題とされています。
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- 登録簿に登録される情報のリスクベース検証メカニズムの導入。
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- 不一致通知の処理やシェルカンパニーの解散など、既存施策の加速・集中的実施。
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- ノミニー・ストローマン利用の透明性向上と、そのリスクに関する大規模な啓発。
3-3 IO.5:リスク理解と実質的支配者情報の「使いこなし」がまだ不十分
- IO.5の結論は、「法人・法的取極の悪用リスクは高いが、当局のリスク理解が機関間でばらつき、特に多種犯罪型における法人悪用の類型分析が浅い」というものです。
- 実質的支配者登録簿と企業基本情報登録簿により、「タイムリーに情報へアクセスする」点は一定程度達成されているものの、「そもそもマネロン/テロ資金供与目的で設立された法人を早期に識別する」「実質的支配者情報の信頼性を前提にリスクベース監督・捜査へ活用する」というレベルには達していないとされています。
- 特に、以下がIO.5の改善点として強調されています。
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- 外国法人・外国信託(類似の法的取極)でベルギーと関係のあるものに関するリスク理解と実務対応が不十分。
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- DNFBPs(指定非金融業者・職業専門家)のリスク認識と、実質的支配者情報の取得・検証・報告の役割が十分に活用されていない。
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- シェルカンパニーやストローマンを連続的に設立・乗り換えるスキームに対し、解散・抹消だけでは追いついておらず、構造的な抑止策が必要。
4.対日審査に向けたポイント(実務・政策の観点)
ベルギーの評価は、日本にとって「他山の石」となるポイントが多くあります。特に実質的支配者まわりでは、以下のような示唆が読み取れます。
4-1 「登録簿を作る」だけでは不十分
- ベルギーは実質的支配者登録簿を早期に導入したものの、「情報の正確性・最新性をどう検証するか」が不十分として勧告24/IO.5で減点されています。
- 日本でも実質的支配者情報制度の整備が進む中、「登録義務を課す」だけでは不十分で、「リスクベースで誤り・虚偽を見抜き、是正・制裁まで実施する」ことを意識する必要があります。特に、以下のような仕組みが重要になります。
4-2 ノミニー・ストローマン対策をどう位置付けるか
- ベルギーでは、ノミニー取締役/株主・ストローマンが「多種犯罪型のマネロンスキームの中核」として認識されながら、透明性確保・抑止策が十分でないと評価されています。
- 日本でも、形式的取締役や名義株主を利用したスキームは古典的ながら依然として有力であり、次のような視点が重要になります。
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- 「名義貸し」を明確に禁止し、制裁を強化する法政策。
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- 取締役・株主の実質的関与(意思決定への関与、報酬の流れ等)に着目した監督・捜査。
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- DNFBPsへのレッドフラグ(要注意シグナル)共有と、疑わしい取引の報告徹底。
4-3 外国法人・外国信託のリスクをどう把握するか
- ベルギーは自国での信託創設を認めていないにもかかわらず、「外国の信託・類似取極でベルギーに関係を持つもの」への対応が不十分と評価されています。
- 日本でも、外国法人・外国信託を経由した実質支配構造はますます一般化しており、次のような対応が求められます。
- 開示義務の設計段階で、外国法人・信託を前提にした情報項目を過不足なく設計すること。
- 金融機関における「外国実質支配構造の深掘り」の標準化(KYCフォーム、EDDフロー、専門部署の関与等)。
- 税務・登記・監督の各当局による、外国構造に関する情報共有と共同リスク評価。
4-4 「実質的支配者情報の活用」まで含めた設計
- IO.5の評価は、「当局が実質的支配者情報をどれだけ検証し、監督・捜査・国際協力に活用しているか」を重視しています。単に「把握している」だけでは、有効性の評価は上がりません。
- 日本側としては、制度設計・運用の早い段階から、次の点を意識するとよいと考えられます。
- 監督当局が実質的支配者情報を使って、ハイリスク法人・グループの抽出やテーマ別検査に活用すること。
- 捜査機関が、官民で保有する情報を組み合わせたプロファイリングを行うこと。
- 国際的な実質的支配者情報交換のスキーム(相互照会の標準フォーマットなど)を整備し、外国法人を絡めた案件に素早く対応できる体制を作ること。
上記のように、ベルギーの評価は「一見進んでいる国でも、実質的支配者情報の正確性確保と活用まで踏み込まないと勧告24/IO.5で苦戦する」という教訓を示しています。日本としては、制度創設段階でこの教訓を織り込み、「設計・検証・活用」の三段階を意識した実質的支配者制度・顧客管理運用を構築していくことが重要になるでしょう。
◆著者のご紹介
コンプライアンス・データラボ株式会社
代表取締役、CEO
山崎博史(Hirofumi Yamazaki)
富士通、NTTデータにてERPや規制関連システムの企画、開発に従事した後、米国系コンサルティングファームにてリスクマネジメントに関するコンサルティングを多数の金融機関等へ展開。2012年米国Dun & Bradstreet社の日本法人に入社し、プロダクトマーケティング責任者として、リスクマネジメントやコンプライアンス関連製品の国内リリース及び販売を推進。2020年より東京商工リサーチに転籍し、ソリューション開発部長としてコンプライアンス分野を中心にソリューションを展開。2021年4月CDLを設立し、現在に至る。
・公認グローバル制裁スペシャリスト (CGSS)
・公認アンチ・マネーロンダリング・スペシャリスト(CAMS)
・米国ジョンズ・ホプキンス大工学修士(MSE)
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