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FATF第5次相互審査結果「シンガポール」

作成者: Hirofumi Yamazaki|Jun 25, 2026 9:47:12 AM

2026年5月、FATFおよびAPGは、シンガポールに対する第5次相互審査報告書(Mutual Evaluation Report:MER)を公表しました。
FATF Mutual Evaluation of Singapore May 2026https://www.fatf-gafi.org/content/dam/fatf-gafi/mer/MER-Singapore-2026.pdf.coredownload.inline.pdf

本評価は、2016年の前回審査以降の制度整備と、その有効性を検証するものです。
本稿では、勧告10(顧客管理)・勧告24(法人の実質的支配者)・IO.5(法人等の悪用防止)を軸に、特に実質的支配者(Beneficial Ownership:BO)の観点から整理します。

目次

1.第4次相互審査(2016年)からの流れと指摘事項

2.第5次相互審査(2026年MER)の結果概要 

3.主な指摘事項(勧告10/勧告24/IO.5と実質的支配者) 

4.対日審査に向けたポイント(実務・政策の観点) 

5.おわりに

 

 

1. 第4次相互審査(2016年)からの流れと指摘事項 

シンガポールは、前回審査(2016年)において、比較的高い水準のAML/CFT体制を有する国として評価されていました。

一方で、実質的支配者の透明性と運用面の有効性については継続的な課題が指摘されていました。 
主な論点は以下のとおりです。

  • BO情報の取得・保有は制度上整備されているが、正確性・検証の仕組みが限定的 

  • 外国法人や信託などを含む複雑構造に対するリスク理解の不足 

  • 登録制度やCDDで取得した情報が、捜査・監督に十分に活用されていない 

これを受け、シンガポールはACRA(会計企業規制庁)による中央BO登録制度の整備や、法令・監督枠組みの強化を段階的に進めてきました。 

 

 

2. 第5次相互審査(2026年MER)の結果概要 

2026年MERでは、シンガポールのAML/CFT体制は総じて「高度で成熟した枠組み」を有すると評価されました。 
全体の評価は以下の通りです。 

■全体評価: 通常フォローアップ 

■法令整備状況評価: 
Compliant(履行):24項目 
Largely Compliant(概ね履行):14項目 
Partially Compliant(一部履行):2項目 
Non-Compliant(不履行):0項目 

■有効性評価: 
High (高):0項目 
Substantial(十分):7項目 
Moderate(中程度):4項目 
Low(低):0項目 
  図:Mutual Evaluation of Singapore:Ratings for effectiveness and technical compliance 
https://www.fatf-gafi.org/content/dam/fatf-gafi/mer/MER-Singapore-2026.pdf.coredownload.inline.pdf 

特に、以下の点は国際的にも高い評価を受けています。 

  • 政府横断的な強力な連携(全政府的アプローチ) 

  • 高度な金融監督・金融情報活用能力 

  • 技術・データ連携を活用したリスク対応 

一方で、FATFは一貫して「制度の存在」ではなく、「有効性」を重視しており、 実質的支配者の分野についても、制度の成熟に見合う運用面の成果が問われる段階に入っていると評価されています。 
評価結果としては、 

  • 勧告24:Partially Compliant(一部履行) 

  • IO.5:Moderate(中程度) 

とされ、不合格水準となっています。合格水準の評価を受けた項目がほとんどの中、BOに関する項目については、厳しい評価を得ており、制度の整備状況および有効性面での改善余地が明確に示されています。 

 

 

3. 主な指摘事項 ( 勧告10/勧告24/IO.5と実質的支配者 ) 

【勧告10(顧客管理)】 

金融機関におけるCDDやEDDの枠組みは、国際的にも高い水準にあると評価されています。 

  • 金融機関はBO特定・継続的モニタリングを適切に実施 

  • MAS(シンガポール金融管理局)による監督・業界理解も成熟 

一方で、以下の課題が指摘されています。 

  • 複雑な国際構造や外国要素を含む場合、BO特定の精度にばらつき 

  • STR(疑わしい取引の届出)が、一部の高リスクセクターでリスクに見合っていない 

  • リスク評価や監督活動が、組織単位で体系化・文書化されていない 

FATFは、CDDの形式的実施ではなく、リスクに応じて実質的な支配関係を把握・説明できるかを重視しています。 

 

【勧告24(法人の実質的支配者)】 

シンガポールは、ACRAによる中央BO登録制度を導入するなど、制度面では大きく前進しています。 
主な強みは以下のとおりです。 

  • 中央BO登録簿(ACRA)の整備 

  • 当局による迅速かつ直接的なアクセス 

  • CSP(コーポレートサービスプロバイダー)やLTC(認可信託会社)などゲートキーパーによる情報取得 

一方で、FATFは次の点を重要課題としています。 

  • BO情報の正確性を担保する仕組みが限定的(検証不足) 

  • VCC(可変資本会社(投資ファンド用の法人形態))やUFC(未登録外国法人)など、制度対象外または不完全な範囲 

  • 外国法人がBOとなる場合、情報取得が困難 

  • 制裁は強化されたものの、抑止力としては十分でない 

特に、BO情報は「提出されている」ものの、信頼できる情報としてどこまで検証されているかが大きな論点となっています。  

 

【IO.5(法人等の悪用防止)】 

IO.5は、BO情報が実際にどの程度活用されているかを評価する指標です。 シンガポールの評価は「Moderate」にとどまり、次のような特徴が見られます。 

評価された点 

  • 中央登録簿・CDDなど複数チャネルからの情報取得 

  • 当局間連携や情報共有の高度な仕組み 

  • 金融機関のリスク理解の高さ 

課題として強調された点 

  • BO情報が十分に検証されていないため、信頼性に懸念 

  • 信託や複雑構造に関するリスク理解が限定的 

  • 未登録外国法人など高リスク領域への対応不足 

  • BO違反に対する制裁がまだ発展途上 

さらに、重要なポイントとして、 

  • BO情報は存在するが、実際の捜査・資産追跡で十分に活用されていない 

  • 高リスク構造(多層・外国要素)では、特定に時間を要する 

といった点が繰り返し指摘されています。 

 

 

4. 対日審査に向けたポイント(実務・政策の観点) 

シンガポールのMERは、日本にとっても多くの示唆を含みます。 特に「制度が整備された後の段階」における論点が明確です。 

実務面のポイント 

  • BOを「特定したか」ではなく、合理的に説明・検証できるか 

  • 外国法人・複雑構造に対する検証プロセスの有無 

  • STR提出・CDDの内容がリスクと整合しているか 

政策・制度面のポイント 

  • BO情報の正確性確保(検証・クロスチェック) 

  • VCC・外国法人など制度の抜け穴の解消 

  • 制裁の実効性・抑止力の強化 

  • 情報の「蓄積」ではなく、活用(捜査・監督)まで含めた設計 

シンガポールは制度面では先進的でありながら、その運用段階において、「使われ方」と「成果」が問われている典型例といえます。 

 

 

おわりに 

これまでのベルギー・マレーシアと比較すると、シンガポールはより成熟した制度基盤を有しています。 

  • ベルギー:制度整備後の正確性・検証 

  • マレーシア:制度整備から運用への移行 

  • シンガポール:制度成熟後の検証・活用・成果 

という違いが見て取れます。 
しかし共通しているのは、FATFの評価軸が 「制度があるか」から「実際に機能しているか」へ完全に移行していることです。
日本においても今後求められるのは、

  • 情報の収集だけでなく、その信頼性 

  • 情報の保有だけでなく、その活用 

  • 制度の整備だけでなく、その成果 

を示すことです。 
実質的支配者の分野は、まさにその象徴であり、今後のコンプライアンス対応における中核テーマであり続けるでしょう。 

FATFでは、実質的支配者情報について、企業アプローチ、登録簿アプローチ、既存情報アプローチの3つを確立することを求めており、それぞれがクロスチェックし情報の信頼性を向上することを目指しています。言い換えれば、実質的支配者に関しては、単一の情報ソースでは信頼性の確保が難しいということです。シンガポールにおいて、義務化された登録簿を整備しても不合格水準と評価されるように、FATFの要求水準は非常に高いものです。日本においては、制度的な課題も残されていますが、国による制度確立へ向けた取組みと同時に、既存情報アプローチにおける民間でできることを進めていき、FATF対応および法人を悪用した犯罪を抑制していかなければなりません。 

 

 

◆著者のご紹介     

    

コンプライアンス・データラボ株式会社     
代表取締役、CEO     
山崎博史(Hirofumi Yamazaki)     

富士通、NTTデータにてERPや規制関連システムの企画、開発に従事した後、米国系コンサルティングファームにてリスクマネジメントに関するコンサルティングを多数の金融機関等へ展開。2012年米国Dun & Bradstreet社の日本法人に入社し、プロダクトマーケティング責任者として、リスクマネジメントやコンプライアンス関連製品の国内リリース及び販売を推進。2020年より東京商工リサーチに転籍し、ソリューション開発部長としてコンプライアンス分野を中心にソリューションを展開。20214CDLを設立し、現在に至る。      

・公認グローバル制裁スペシャリスト (CGSS)     
・公認アンチ・マネーロンダリング・スペシャリスト(CAMS)       
・米国ジョンズ・ホプキンス大工学修士(MSE)

 

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