2026年4月、FATF Mutual Evaluation Report of Italy - 2026 が公表されました。
本審査は、2025年6月から7月にかけて実施された現地審査を基に、イタリアのAML/CFT/CPF(マネーローンダリング・テロ資金供与・拡散金融対策)体制の有効性と法令整備状況を評価したものです。
イタリアは長年にわたり、マフィアをはじめとする組織犯罪対策の最前線に立つ国であり、金融犯罪対策においても高い評価を受けています。一方、今回の審査では実質的支配者(Beneficial Ownership:BO)に関する課題が主要な指摘事項として取り上げられました。
本稿では、勧告10(顧客管理)・勧告24(法人の実質的支配者)・IO.5(法人等の悪用防止)を中心に、実質的支配者の観点から整理します。
FATF Mutual Evaluation Report of Italy - 2026
イタリアは前回審査においても、金融情報機関(FIU)の活用能力や法執行機関の捜査能力について高い評価を得ていました。
特に、
については、世界的にも先進的な国の一つと評価されてきました。
一方で、法人の実質的支配者情報については、
といった点が継続的な論点となっていました。
近年、EU第5次AML指令(5AMLD)への対応の一環としてBO登録制度を整備してきましたが、制度運用を巡る法的議論等の影響もあり、FATFは実効性の観点から厳しい評価を行っています。
2026年MERでは、イタリアは全体として高度に成熟したAML/CFT体制を有すると評価され、通常フォローアップの対象となりました。
特に、
については高く評価されています。
一方で、FATFは報告書の要約部分において、
「実質的支配者情報へのアクセスに関する制限は改善が必要である」
と明確に指摘しています。
評価結果とは以下の通りです。
FATFはBOの透明性をイタリアにおける主要な改善課題の一つとして位置付けています。
イタリアの勧告10の顧客管理(CDD)は Largely Compliant(概ね履行) と評価されました。大手銀行を中心にAML/CFTリスクに対する理解は高く、リスクベースでの顧客管理や取引モニタリングが実施されていると評価されています。Banca d’Italiaの監督についても、リスクを継続的に評価する高度な監督モデルが構築されていると評価されました。
また、疑わしい取引届出(STR)や金融情報は、実際のマネーローンダリング捜査や犯罪収益の追跡に活用されており、継続的顧客管理が一定程度有効に機能していることが確認されました。
最大の論点はBO情報へのアクセス制約
今回の審査において、実質的支配者に関する中核的な指摘が勧告24です。評価結果は Partially Compliant(一部履行) となりました。
FATFは、
「Italy should address limitations which exist in access to Beneficial Ownership information.(イタリアは、実質的所有者情報へのアクセスにおいて存在する制約に対処すべきである。)」 と明確に指摘しています。
イタリアではBO登録制度が導入されたものの、制度を巡る法的紛争により登録簿の運用が停止され、金融機関やその他の利用者がBO情報へ十分アクセスできない期間が発生しました。結果として、BO登録制度が存在していても、実務上は十分に機能していないという課題が浮き彫りになりました。
またFATFは、BO情報の提出義務違反に対する制裁についても、
「sanctions are not usually dissuasive or proportionate(制裁が抑止力にも、違反の重大性に見合った水準になっていない)」と指摘しており、制度の実効性確保という観点でも課題を示しています。
IO.5は、BO情報が実際にどの程度機能しているかを評価する項目です。
イタリアは、国内法人や外国法人に係るリスクについて高い理解を有しており、特にマフィア等による法人悪用リスクについて深い知見を持つと評価されています。
また、
しかしFATFは、法人の悪用リスクを十分に抑止するためには、単にBO登録簿を整備するだけではなく、企業情報、BO登録簿情報、金融機関等が保有するCDD情報など、複数の情報源を相互に活用・検証し、BO情報の正確性を担保することが重要であると考えています。また、当局が必要な情報へ迅速にアクセスできることや、届出義務違反に対する制裁が実効的な抑止力を持つことも求めています。そのため、IO.5においても、BO情報へのアクセス制約や制度運用上の課題が改善事項として指摘されました。
イタリアのMERは、日本の第5次相互審査に向けても重要な示唆を与えています。
特に注目すべき点は、FATFが単にBO登録制度の整備状況を評価しているのではなく、実質的支配者情報の正確性・透明性・利用可能性をどのように確保しているかを重視していることです。イタリアではBO登録制度が存在していたにもかかわらず、情報へのアクセス制約や制度運用上の課題が指摘され、勧告24は Partially Compliant(PC)と評価されました。
実務面のポイント
政策・制度面のポイント
イタリアの事例が示しているのは、BO登録制度はあくまで手段であり、それ自体がゴールではないということです。FATFが求めているのは、複数の情報源を活用しながらBO情報の信頼性を継続的に向上させる仕組みであり、その情報が実際の顧客管理や捜査、監督に活用されることです。
イタリアのMERは、近年のFATF審査における実質的支配者(BO)分野の評価トレンドを象徴する内容となりました。
イタリアは、組織犯罪対策、金融情報分析、資産没収、国際協力など多くの分野で高い評価を受けており、AML/CFT体制全体としては成熟した国と位置付けられています。それにもかかわらず、実質的支配者分野では、勧告24が Partially Compliant(PC)、IO.5 が Moderate(ME) と評価されました。これは、制度面と有効性面の双方に改善余地があると判断されたことを意味します。
また、今回の結果は、BO登録簿を整備すること自体がゴールではないことも示しています。FATFが求めているのは、企業が保有する情報、BO登録簿の情報、金融機関等が保有するCDD情報などを相互に活用・検証し、情報の正確性や信頼性を高める仕組みです。単一の情報源だけでは十分ではなく、複数の情報源を通じて継続的に検証できることが重要視されています。
ベルギーでは登録簿情報の正確性、シンガポールでは情報の検証と活用、そしてイタリアではアクセス性と制度の実効性が主要な論点となりました。しかし、これらに共通しているのは、FATFの評価軸が「制度の整備」から「制度の機能」、「情報の収集」から「情報の信頼性・活用」へと移行していることです。
特にイタリアでは、BO情報へのアクセス制約や届出義務違反に対する制裁の実効性不足が、勧告24だけでなくIO.5の評価にも影響したと考えられます。つまりFATFは、BO情報が存在していることだけではなく、その情報が適時に入手でき、正確であり、実際の監督・捜査・顧客管理に活用できているかまで評価していると言えます。
イタリアの事例は、BO分野におけるFATFの要求水準が大きく高まっていることを示す代表的な事例です。今後の国際的なAML/CFTの潮流においても、実質的支配者情報の透明性、正確性、そして有効活用は引き続き中核的なテーマとなるでしょう。
◆著者のご紹介
コンプライアンス・データラボ株式会社
代表取締役、CEO
山崎博史(Hirofumi Yamazaki)
富士通、NTTデータにてERPや規制関連システムの企画、開発に従事した後、米国系コンサルティングファームにてリスクマネジメントに関するコンサルティングを多数の金融機関等へ展開。2012年米国Dun & Bradstreet社の日本法人に入社し、プロダクトマーケティング責任者として、リスクマネジメントやコンプライアンス関連製品の国内リリース及び販売を推進。2020年より東京商工リサーチに転籍し、ソリューション開発部長としてコンプライアンス分野を中心にソリューションを展開。2021年4月CDLを設立し、現在に至る。
・公認グローバル制裁スペシャリスト (CGSS)
・公認アンチ・マネーロンダリング・スペシャリスト(CAMS)
・米国ジョンズ・ホプキンス大工学修士(MSE)
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