AML/CFT対策にあたり、金融庁のガイドラインでは、リスクベース・アプローチに基づく厳格な継続的顧客管理の実効性確保が求められており、その中核には「顧客リスク評価」があります。顧客リスク評価の更新にあたっては、顧客リスク格付(高・中・低リスク等)に応じた一定のサイクル(1年〜数年ごと)で画一的に実施する「定期的な見直し」に加え、顧客の属性、事業内容、取引形態、あるいは取引動態に実質的な変化が生じた際に、次回の定期見直し期日を待たずに即応する「随時見直し」も求められています。
筆者は、金融庁で勤務していた際に、自己資本比率算定に係る信用リスクの内部格付制度の審査・モニタリングや、検査業務を行っていましたが、その中で、格付や査定の「随時見直し」は主要な論点・着眼点の一つでした。どの金融機関も、債務者の信用状態に実質的な影響を与える事象が生じた際は、直ちに格付を見直す運用が、(多少の濃淡はあれ)確立しています。一方、近年AML/CFTの顧客リスク評価について金融機関の方々とお話しさせていただく中では、AML/CFTの「随時見直し」は、それを定着させ、さらに高度化させていこうにも、そうは簡単にいかない難しさが多く聞かれます。
そこで、AML/CFT顧客リスク評価と信用リスクの顧客リスク評価(内部格付)の違いと、それから見て取れるAML/CFT顧客リスク評価の「随時見直し」の難しさを筆者なりに整理してみました。
1. 顧客リスク評価に係るAML/CFTと信用リスクの違いから見た、AML/CFTの随時見直しの難しさ
やや乱暴ですが、AML/CFTの顧客リスク評価と信用リスク顧客リスク評価には、制度面から見て下表の違いがあります。
規制根拠たる、AML/CFTのガイドラインにしても、信用リスクの自己資本比率告示にしても、格付の見直しについては、予め定められた定期サイクルに加え、リスク変動イベントを捉えて機動的に見直すことを求めています。
しかし、主に以下の4つの差異がAML/CFTにおける随時見直しの難易度を上げているものと考えられます。
信用リスク管理の対象は、原則として融資やコミットメントライン、デリバティブ等の信用供与を行っている「与信取引先」に限定されます。ほぼ全先には営業担当者(渉外・RM等)が割り当てられており、定期的な試算表の徴求や日常的な経営相談を通じて、顧客の状況を能動的・継続的に把握するインフラが最初から整備されています。
対して、AML/CFTの管理対象は「全顧客」です。預金口座や送金サービスのみを利用する顧客を含めると、与信取引先の数倍から十数倍、あるいはそれ以上になります。その大多数を占める「預金のみの顧客」には、個別の担当者などが配置されることは多くありません。母数の大きさから鑑みれば、業態にもよりますが、まれといっていいでしょう。こうした顧客には、金融機関側から能動的にアプローチするルートや動機が存在せず、相手先で代表者の変更や実態の消失(ペーパーカンパニー化)が生じていても、自発的な届出がない限り検知する手立てがありません。この「管理対象の広大さ」と「顧客接点の希薄さ」が、AML/CFTにおける随時見直しの構造的障壁となります。
内部格付手法において随時見直しを発動するトリガーは、主に客観的かつ定量的なデータに基づきます。例えば、大幅な赤字転落、債務超過、30日超の延滞、外部格付機関による格下げ、手形不渡り、粉飾決算の発覚など、事象の定義が明確です。そのため、「どのようなデータが入力されたら随時見直しを開始するか」という業務ルールやシステムロジックを定義しやすい構造にあります。
一方、AML/CFTにおける随時見直しのトリガーは、曖昧で文脈依存的です。例えば、取引モニタリングで検知される「急激な入出金」「過去の取引パターンからの逸脱」といったシグナルは、それ単体では直ちに不正を意味しません。事業拡大に伴う正当な売上入金なのか、口座売買によるマネー・ミュール(資金運搬役)への転落なのかは、取引の背景、資金使途、相手方との関係性を深く読み解かなければ判別が困難です。
信用リスクのように「定量データの変化=即座に格付再判定」とはならず、「アラート検知=膨大なノイズの中から人間が推測と調査を行うプロセスの開始」とならざるを得ません。
信用リスク管理であれば、期中の財務悪化や不審な動きを察知した際、営業担当者が顧客を訪問し、「なぜ売上が急減したのか」「この大口支出は何のための資金か」と直接的に事情を聴取し、裏付けとなる資金繰り表や契約書の提出を求めることができます。顧客側にも融資取引を継続・維持するためにこれに応じるインセンティブがあります。
しかし、AML/CFTにおいては、犯罪収益移転防止法等によりティッピング・オフの防止(疑わしい取引の届出に関する情報の漏洩禁止)が義務付けられており、マネロンや特殊詐欺への関与が疑われる顧客に対しも、顧客に警戒され、資金の逃避や証拠隠滅を図られることを防ぐため、「現在、貴社の口座取引にマネロンの疑念が生じているため調査している」と悟られるような質問はできません。
結果として、金融機関側は「定期的な登録情報の確認」を装った曖昧な手紙を送るなど、遠回しな手段しか取れず、確たる証拠を掴めないまま調査が長期化・迷走してしまいがちです。
内部格付手法における格下げは、主に行内における「引当金の積み増し」や「所要自己資本の消費」という財務・会計や自己資本規制上の処理として処理され、与信額や格下げ幅がよほど大きくない限り、金融機関全体への影響や顧客への影響は大きくありません。もちろん融資回収や金利引き上げの交渉に発展することはありますが、それらは契約条項と民事上のルールに基づき進められます。
これに対し、AML/CFTにおいてリスク格付を「高リスク」へ引き上げた結果講じられる措置は、「預金取引の制限」「出金限度額の制限」、さらには「口座解約」といった、顧客の日常的な権利や経済活動を直接的かつ強制的に制約する措置につながります。
もし見直しが金融機関側の見立て違いであった場合、正当なビジネスを営む顧客に重大な経済的損害を与え、深刻なクレームや損害賠償請求といった紛争に直結しかねません。この「措置の不可逆性と摩擦の重さ」があるがゆえに、第1線のみならず第2線であっても、確証が得られない限り随時見直しや取引制限の決定を躊躇し、結果として判断の先送につながりかねません。
ここまで、信用リスク管理(内部格付制度)との違いを切り口として、AML/CFTにおける「随時見直し」の難しさについて挙げてきましたが、これらに加え、預金取扱金融機関ではそのビジネスモデルや歴史的背景などが、AML/CFTの随時見直しの逆風となっている点も挙げられます。
預金取扱金融機関と顧客の関係性において、「融資先」と「預金先」では力関係が逆転します。
融資先は預金取扱金融機関から資金を調達している「債務者」であり、預金取扱金融機関のモニタリングに従う義務感が醸成されています。しかし、預金のみの先は、預金取扱金融機関に対して資金を提供している「債権者」であり、預金取扱金融機関から見れば「顧客にお金を預けていただいている」状態にあります。
この関係性において、預金取扱金融機関が預金顧客に対して、例えば「現在の実質的支配者は誰か」「取引先の事業内容は変わっていないか」「この送金の原資と使途を証明する書類を出してほしい」といった要請をすることは、顧客視点からすれば「なぜ自分のお金を預けているだけなのに、犯罪者予備軍のように詮索されなければならないのか」という不快感と強い反発を生みかねません。
さらに、顧客側にとって情報の更新手続きを行う実利は存在しません。融資先であれば書類を出さなければ融資を止められるが、預金先にとっては煩わしい書類提出を求められるくらいなら「回答を無視する」か、「他行に資金を移して口座を解約する」ほうが合理的だと考えることもあるでしょう。この「能動的申告インセンティブの完全な欠如」が、情報収集を困難にします。
金利上昇局面に入った現在の預金取扱金融機関の経営において、預金(とりわけ調達コストが低く流動性に富んだ法人・個人の決済性預金や普通預金)の価値が大きく高まっています。各金融機関が預金獲得競争を繰り広げ、例えば預金残高の維持・純増が営業店の業績評価に設定されているケースも少なくありません。このような環境下においては、「ビジネス(預金獲得)」と「コンプライアンス(厳格な顧客管理)」の利益相反が生まれがちです。
例えば、大口の預金を維持してくれている優良法人や富裕層個人において、代表者交代や急激な資金移動といったAML上のトリガーが引かれた場合、営業担当者は「余計な詮索をして機嫌を損ねれば、預金全額を競合他行へ移されてしまう」という恐怖心から強い心理的ブレーキを抱きかねません。その結果、営業現場では以下のようなバイアスも想定されます。
融資・審査部門は、その歴史において、預金取扱金融機関の主たる収益の源泉(貸出金利息)をコントロールする中枢として、本部・支店に重層的なラインが敷かれ、財務諸表の分析や業界実態の把握に長けたスタッフが比較的潤沢に配置されてきました。
これに対し、AML/CFT部門が独立した重要部署として脚光を浴びたのは、FATF第4次対日相互審査前後以降のここ数年に過ぎません。金融犯罪対策への対応も求められ、業務量が爆発的に増加する一方で、専門知識を持つ人材の絶対数が不足しています。
与信管理においては、勘定系データ、電子稟議システム、外部信用情報機関、さらには長年蓄積された債務者データベースが有機的に統合されています。
一方のAML/CFTシステムは、勘定系システムの上にサブシステムをつなげた所謂「パッチワーク構造」である例が少なくありません。全顧客の動態データをリアルタイムで名寄せ・統合し、リスクスコアを動的に再計算するような高度なシステム基盤を保有する金融機関は限られているのが現状です。
これまでAML/CFTの「随時見直し」の難しさや課題について述べてきました。
最後に、宣伝となり恐縮ですが、ここまで上げてきた多くの課題解決の一助にもなるものとして、当社も提供する外部企業情報データベースについて紹介させてください。
外部企業情報データベースには、特に「預金先の情報が取れない」「営業現場が顧客に確認をとるのが困難」「AML部門に調査リソースがない」といった課題に対し、次の効果があります。
もちろん、外部情報データベースが万能ではなく解決できる領域、できない領域もあります。
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特に、オプション追加機能の「モニタリング機能」は、UBOや企業の主要な属性情報のいずれかに変更があった際にプッシュ方式でお知らせするもので、「随時見直し」を強力にサポートします。
ご関心をお寄せいただけるようでしたら、お気軽に弊社営業社員までお問い合わせください。
著者のご紹介
コンプライアンス・データラボ株式会社
プリンシパル
鈴木紀勝(Norikatsu Suzuki)
国内・外資の大手損害保険会社等において企業分野の火災、自然災害、ITリスク等のリスク評価やコンサルティング、損害調査・査定に従事したのち、米系リスクコンサルティングファームにて金融機関向けリスクコンサルティングを展開。
その後、金融庁において金融機関のバーゼル規制対応の審査や、大手金融機関のリスク管理やコンプライアンス・内部管理、海外管理・グループ管理等に係る検査・モニタリング、海外当局との調整業務に従事。また金融庁勤務期間中には米国ニューヨーク連邦準備銀行に出向し、外国大手金融機関のリスク管理や、サイバーセキュリティ等の検査業務に従事した。
2025年より当社に参画。
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