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AI魔法の三角形 【AIとビジネスの世界的権威アナスタシア・ラウターバッハ博士との対談②】

作成者: ウオリック・マセウス|May 22, 2025 10:00:00 PM

アナスタシア・ラウターバッハ博士との対談の第2回目です。今回は、ビジネスにおけるAI導入のトレンドと、それが与える影響について展開します。 
 

アナスタシア・ラウターバッハ博士
ポツダムの人工知能、データ、データ倫理の教授であり、起業家、テクノロジー戦略家でもある。国際的な社外取締役であり、英国、ドイツ、ロシア、米国の上場・非上場企業の監督・諮問委員を務める。

言語学の博士号を持ち、ダイムラー、Tモバイル、ドイチェ・テレコム、クアルコム、マッキンゼーといったフォーチュン500社に20年以上勤務している。
技術者ではない人々、特に若者にAIリテラシーを提供することを目的とした会社、AI Edutainmentの創設者。  スイスのルツェルンを拠点に活動。 

 

 前回のブログでは、組織におけるAI導入に関するラウターバッハ博士の「魔法の三角形」という概念について学びました: 

 

今回は、ラウターバッハ博士とともに、組織がAIの要素をどのようにビジネス戦略や業務に組み込むのかについて、さらに深掘りしていきます。 

 

AI導入における「魔法の三角形」について、さらに詳しく教えていただけますか? 

 まずは自社のビジネス戦略を見直し、AIをどのように組み込むかを明確にすることが重要です。AIの導入ありきで活用先を探すのではなく(いわゆる「解決策が問題を探す」状態)、一歩引いて本質的な問いを考える必要があります。それは、「私たちのビジネスは、競争力を維持するために何をしているのか?」ということです。 

戦略を立てる際は、まず自社のUSP(「ユニーク・セリング・プロポジション」、つまり独自の強み)を整理し、市場や競争環境において「何を提供するのか」を明確にすることが重要です。なぜ顧客はあなたの会社を選び、対価を支払うのか?優れたパートナーや取引先を惹きつけるために、どのような取り組みをしているのか?自社の強みはどこにあり、逆にボトルネックとなっている部分は何か?これらの点を洗い出すことが、戦略の出発点になります。 

次に重要なのが、「どのように(How)」戦略を実行するかです。現在の状況を踏まえ、どのように戦略を実現していくのかを考えます。既存の技術基盤がレガシー化している場合や、サプライチェーンが崩壊しかけている場合は、新たな仕組みを構築する必要があるかもしれません。市場投入までの時間を短縮するために、インフラや人材を内製化することが求められる場合もあるでしょう。
私たちは「デジタル変革の涙の道」についてここで触れました。世界中で多くの企業がデジタル変革に挑戦していますが、その多くは適切なスキルや忍耐が不足しているため、成功に至らないのが現実です。 

 既存の技術スタックに手を加えるのは常にリスクを伴うため、すべてを修復しようとするのではなく、旧システムと並行して新しい仕組みを構築し、段階的に移行する方が賢明な場合もあります。 

AIプロジェクトのインフラは、必ずしも同じ出発点から始まるわけではありません。 

例えば、顧客のフィードバックやクレームを処理するために、非構造化データを活用することがビジネスの大きな利益につながると判断した場合、ITインフラの整備が不可欠になります。必要なのは、単なるモデルや分析ツール、LLMライセンスだけではありません。 

 つまり、AI導入には大規模な投資が必要となります。すべての企業には「データの影」が存在し、現代ではこの「デジタルシャドウ」が、農業、医療、金融サービスをはじめ、あらゆる業界の価値を左右する要因になっています。
この分野への投資は慎重に行うべきであり、単に大手コンサルティング企業に莫大な費用を支払い、「AIのパッケージソリューション」を導入すればよいというわけではありません。 

 この分野の企業は、売上の25%をクラウドや関連技術に投資しています。優れた企業であれば、さらに15%をデータの管理と整理に費やし、ビジネスにとって最適なデータを最適な方法で活用できるようにします。 

とはいえ、これは言うほど簡単なことではなく、非常に根気のいる作業でもあります。ファイルを一つひとつ確認し、アルゴリズムを使って関連するデータをまとめ、全体像を把握しながら、ひたすら整理し、クレンジングを繰り返す必要があります。 

 コンプライアンス・データラボでは、データクレンジングやMDM(マスターデータ管理)、さらにはそれらを支えるインテリジェンスの構築を楽しみながら進めています。 
これは本当に重要で、AIの実装の基盤となり得るものです。 

データが適切にクレンジングされていなければ、カスタマイズしたLLMの構築や予測モデルの開発など、どんなAIモデルも思うように機能しません。

 

では、「誰が担うのか」、つまり人材の問題に戻ります。これが「魔法の三角形」の三つ目の要素です。 

前回もお話ししたように、重要なのは社内の人材だけではありません。アドバイスを受ける相手や、パートナーとして協力する企業の選び方も、成功に大きく影響します。 

さらに、技術的な優秀さとコミュニケーション能力の違いにも目を向ける必要があります。 
私は外向きな内向型なので、10人でも1000人でも人前で話すことはできますが、本当は静かに本を読んでいるほうが落ち着きます。これまで一緒に働いてきた技術者の中には、私よりも1000倍以上内向的な人もいました。彼らはデータやアルゴリズムに没頭し、ホワイトボードに向かって図を描き続け、背中だけが見えているといったことも珍しくありません。  

AIの専門家は、取締役会で説明するよりも、実際にAIの開発や運用に携わることを好む傾向があります 

 

たとえば、取締役会にクラウドやAIへの数百万ドルの投資を求めるなら、彼らが理解できる形で伝えることが必要です。私はAIエデュテインメント事業の一環として、CTOやCIO向けのコーチングを行っています。技術者が、ハリー・ポッターに登場する「マグル」(魔法を使えない一般人)のように、専門外の人でもすんなり理解できるような言葉で説明できることが、成功の鍵になります。 

私がいつもこう言っています。「AIを売り込む企業の営業・マーケティング担当者の数が、データサイエンティストの数より多い場合は、その企業との取引には慎重になるべき」。
しかし、こうした複雑な概念を分かりやすく伝える能力も重要なスキルの一つです。つまり、どちらも必要なのです。 
だからこそ、企業にとっての最善策は、取締役会を拡大するのではなく、諮問委員会を設置し、アイデアや研究開発の成果を取締役会に持ち帰り、その可能性やリスクを説明し、取締役会がAIや技術投資に関する十分な情報に基づいた決定を下せるように支援できる人材を配置すべきだと考えています。 

 
諮問委員会は技術的な研究開発を行い、その結果を専門的な視点から取締役会に提供することができます。 


これは、サイバーセキュリティやインフラにも当てはまります。実際にこれらを構築・運用した経験を持つ人からアドバイスしてもらうべきです。 

 

 

「三角形」の三つの要素をうまく結びつけるための全体的なアドバイスはありますか? 

社内の人々と対話し、システムを徹底的に見直し、データの中にある「真の価値」を特定しましょう。そして、それらの価値をさらに引き出すために、外部の専門家と相談しながら、製品の強化、価値提案の向上、新たなチャネルやパートナーシップの開拓を進めてください。この取り組みを真剣に行えば、デジタル資産の「デトックス」が進み、「成功に必要なデータはどのくらいの件数なのか?」という問いに答えられるようになります。これは、体系的なAI導入を可能にするだけでなく、サイバーセキュリティリスクの軽減にもつながります。 

 別の視点からも考えてみましょう。例えば、データの民主化や、業界全体の利益のために「データトラスト」を創設することも選択肢の一つです。もちろん、競争力や市場の優位性を損なうことなく進めることが重要です。 

  
この変革のプロセスを進めるうえで取締役会にとって重要なのは、単にテクノロジーを導入することではなく、変革を推進する勇気を持ち、その必要性をしっかり受け止めることです。そのためには、経験豊富な経営者で、実際に結果を出してきた「本物のコーチ」と協力するのが効果的です。
こうしたコーチは「やればできる」という実践的なマインドセットを持ち、経営の現場で成功を収めてきた人たちです。特に金融機関のような規制の厳しい業界では、変化に対する抵抗感があるのは自然なことですが、それを乗り越えるためには、信頼できるメンターを集めることが不可欠です。 そして他の業界での成功事例を活かし、学んだ教訓をすぐに応用しながら、変革を推進するための心理的な耐性を身につけていくことが重要なのです。 

 

最後に、前回も触れたように、AIには根本的な限界があり、近い将来それが解消されるわけではありません。 

AIや自動化によってビジネスのコストを大幅に削減できる可能性はありますが、だからといって「人の関与」が不要になるわけではありません。
例えば、現在の航空機はほぼ自動で運航されていますが、パイロットは必要な場面で適切に操作を引き継ぎ、状況を把握しています。もちろん、パイロット、管制、機械の間でコミュニケーションミスが発生することもありますが、それでも全体的に安全で、この仕組みをすぐに変える予定はありません。 

また、遠隔医療のような場面でも、ここでも「人が関わること」の重要性は変わりません。 

これを規制当局に任せるだけでは不十分ですし、「どんな分野でも人間が関与すべきだ」と単純に決めてしまうのも適切ではありません。規制当局も知らないことがあり、これらの課題は業界ごとに慎重に検討する必要があるため、自動車、エネルギー、医療、金融など、それぞれの分野に適したルールを設けるべきでしょう。 

 

次回のブログでは、ラウターバッハ博士とともに、AI とサイバー犯罪の規制、そして政府がこの急速に進化する分野にどう対応すべきか、または対応できるのかを考察します。 

 

 

著者のご紹介

ウオリック・マセウス 

ウオリック・マセウス(Warwick Matthews)  
最高技術責任者 最高データ責任者

複雑なグローバルデータ、多言語MDM、アイデンティティ解決、「データサプライチェーン」システムの設計、構築、管理において15年以上の専門知識を有し、最高クラスの新システムの構築やサードパーティプラットフォームの統合に従事。 また、最近では大手企業の同意・プライバシー体制の構築にも携わっている。  

米国、カナダ、オーストラリア、日本でデータチームを率いた経験があり、 最近では、ロブロー・カンパニーズ・リミテッド(カナダ最大の小売グループ)および米国ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)のアイデンティティ・データチームのリーダーとして従事。  

アジア言語におけるビジネスIDデータ検証、言語間のヒューリスティック翻字解析、非構造化データのキュレーション、ビジネスから地理のIDデータ検証など、いくつかの分野における特許の共同保有者でもある。

 

 

 

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