前回の「土地登記と実質的支配者登録簿の連携可能性— Open Ownershipワーキングペーパーを読む(第1回)」では、資産レベルの実質的支配者透明性(Beneficial Ownership Transparency/以下、BOT)が注目される背景と、本ワーキングペーパーの研究課題、そして土地をめぐる2つのアプローチ(既存の土地登記と実質的支配者登録簿をつなぐ手法、土地向け実質的支配者登録簿を立ち上げる手法)を整理しました。
第2回となる本稿では、その2つのアプローチが現実にはどのような制度として実装されているのかを、4つの海外事例を通じて見ていきます。
最初の事例は、イングランドおよびウェールズのHMLR(英国土地登記)です。ここでは、法人が所有する不動産に関して、2つのデータセットが公開されています。
どちらも「法人が名義上の所有者になっている不動産」にフォーカスしたもので、物件ごとに次のような情報が構造化されています。
ポイントは、HMLRのデータ上に「法人登録番号」が付与されている点です。この番号は、Companies House(法人登記所)が付けている法人IDと一致しており、国内法人はCompany Number、海外法人はRegister of Overseas Entities(ROE)の番号で識別されています。つまり、土地登記データと法人登記・Persons with Significant Control(PSC)、更にはROEの実質的支配者情報を、IDベースで結合できる構造になっているわけです。
実務的に見ると、「土地側に最低限の属性情報と、法人IDがきちんと入っていること」が、犯罪リスクの分析や資産調査にとってインパクトがあると考えられます。土地登記単体では「どの法人が持っているか」までしか判明しませんが、法人登記とつなぐことで、「その法人を誰が実質的に支配しているか」や、「同じ実質的支配者が関与する他の資産・法人のネットワーク」が見えてきます。
一方で、HMLRの公開データには限界もあります。たとえば、抵当権や信託の受益権といった、より複雑な権利関係は機械判読可能な形では十分に公開されておらず、あくまで「所有者としての法人」にフォーカスしたデータセットです。とはいえ、「土地のタイトル番号」と「法人ID」という2つのキーが揃っていること自体が、資産レベルのBOTに向けた基盤としては大きな前進である、とワーキングペーパーは評価しています。
エストニアの土地登記は、同じアプローチ1に分類されますが、HMLRとは少し異なる方向性です。特徴的なのは、データモデルと識別子の設計が非常に緻密で、土地に紐づく権利関係がかなり広く、構造化された形で登録されていることです。
エストニアの土地登記は、概して以下のような単位でデータを持っています。
さらに、持分割合や権利の開始日・終了日といった情報も記録され、複数の権利者・複数の権利が同じ不動産に紐づくケースを、構造的に表現できるようになっています。
識別子の設計も興味深く、土地には地番、権利者には統一ID(自然人なら個人ID、法人なら法人ID)を付与し、これがその他の公簿と共通のIDになっています。法人については、商業登記側でも同じ法人IDが使われており、そこに実質的支配者情報や株主情報、財務情報などが紐づいている構造です。
HMLRと同様、エストニアでも土地登記そのものには、実質的支配者情報は直接載っていません。しかし、
このような組み合わせにより、「土地に直結する権利ネットワーク」を深く追えるようになっています。特に、建物権や用益権など、「所有者ではないが利用・受益の権利を持つ主体」がきちんと構造化されている点は、資産レベルのリスク評価にとって重要な基盤と言えます。
ここからは、アプローチ2、すなわち「土地向けの実質的支配者登録簿」を作るタイプの制度設計例です。スコットランドのRCI(土地の支配的持分を有する者の登記)は、土地の「法的所有者」だけでは見えない支配関係を可視化することを狙った登録簿です。
RCIの基本的な考え方は、次のように整理できます。
RCIでは、記録される者に対して、「アソシエイトがいる場合は、その情報を登録する」義務を課しています。これにより、登記簿には表れない「裏側のコントロール関係」を明るみに出そうとしています。
ポイントは、RCIが「所有権」よりも「コントロール」を重視していることです。たとえば、信託やパートナーシップなど、法人格の有無にかかわらず、土地に対する意思決定に影響を与える個人・法人を「アソシエイト」として記録する設計になっています。つまり、法人を介さない個人対個人の支配関係を可視化できる点でも有用です。また、既に他の透明性制度(たとえば会社のPSC制度)で同様の情報が開示されている場合には、重複登録を避けるための例外・調整も設けられています。
ただし、RCIの識別子設計は、HMLRやエストニアほど「他の公簿と結合しやすい」ものではありません。RCI独自のIDはあるものの、登記所のIDや海外法人のIDとの整合性は限定的で、他のデータセットとの結合には一定の工夫が必要になります。
カナダ・ブリティッシュコロンビア(BC)州のLOTR(土地所有者透明性登記)は、土地に紐づく実質的支配者情報を申告ベースで集める、より「クラシックな」土地向け実質的支配者登録簿の例です。
LOTRでは、次のような主体に申告義務が課されています。
こうした場合に、「土地ごとに、誰が最終的に受益者なのか」を申告し、登録する仕組みになっています。目的は、BC州におけるマネーロンダリングや不透明な不動産取引への対策です。RCIと比べると、
といった点が挙げられます。一方で、「法人側の実質的支配者登録簿」も別に存在するため、制度としてはどうしても「二重制度」になりがちです。たとえば、同じ会社について会社法上の実質的支配者制度と土地法上の実質的支配者制度の両方で申告義務が生じる可能性があり、定義や閾値、報告タイミングが異なると、データの一貫性や統合性に課題が生まれます。
ここまで見てきた4つの事例を振り返ります。
AML/CFTや金融犯罪対策の文脈で見ると、
といった点が、各国制度の違いに現れているものと言えます。
最終回となる第3回では、本稿で取り上げた4つの制度を、「どの程度アクセスしやすく、実務で使いやすいか」という観点から横断的に比較しつつ、大別される2つのアプローチにそれぞれどのようなメリットとデメリットがあるのかを整理し、ワーキングペーパーの結論をご紹介する予定です。