1月22日に公開したブログ「不動産所有における国籍情報届出義務化 -名義貸しによる抜け穴と特定事業者への示唆」では、不動産所有における国籍情報届出義務化の展望や課題について共有しました。
こうした問題意識は、日本固有のものではありません。経済協力開発機構(OECD)が進める共通報告基準(CRS)などに基づき、各国の税務当局が金融口座情報を自動的に交換する仕組みが整いつつある中、「不動産が税逃れ・マネーロンダリング・制裁逃れの受け皿になっているのではないか」という懸念が強まっています。金融資産については透明性が高まる一方、相対的に不動産は当局の監視が行き届きにくい“死角(ブラインドスポット)”になりやすい、という構図です。今回取り上げるOpen Ownershipのワーキングペーパーは、まさにこの「不動産登記×実質支配者登録簿」のギャップに焦点を当てています。
Maria Jofre and Tymon Kiepe, Bridging the gap for effective asset transparency, Working paper, (Open Ownership, 2026)
本稿では、全3回にわたる連載の第1回としてこのワーキングペーパーを読み解きながら、「不動産登記情報」と「実質的支配者登録簿情報」をどう組み合わせれば、資産レベルでのリスク把握が可能になるのかを考えていきます。尚、本稿が取り上げるワーキングペーパーでは、不動産をまとめて「土地(land)」と称しており、以降は便宜上これに従います。
目次
発行元 - Open Ownershipとはどのような団体か
Open Ownershipは、各国における「実質的支配者の透明性(Beneficial Ownership Transparency/BOT)」を推進することを目的とした国際的な非営利組織です。同団体の活動は、大きく3つの柱に整理できます。第一に、各国政府に対する制度設計支援です。実質的支配者情報をどのような枠組みで収集・管理し、誰にどこまで公開するのか、といった論点について、法制度・運用設計のガイダンスを提供しています。第二に、実質的支配者情報のデータ標準化です。Open Ownershipは「実質的支配者データ標準(Beneficial Ownership Data Standard/BODS)」と呼ばれるデータ仕様を策定し、各国の実質的支配者登録簿が相互運用性を高められるような共通言語の整備を進めています。第三に、各種レポートやワーキングペーパーを通じた知見の発信です。本稿で扱うワーキングペーパーも、その一つに位置付けられます。

実質的支配者の透明性(BOT)における射程が「資産」に広がる
BOTはこれまで、会社や信託といった「法的主体」を対象に議論されてきました。誰が最終的に企業を所有・支配しているのかを明らかにすることで、ペーパーカンパニーやオフショア構造を用いた資金洗浄・汚職・税逃れを抑止しようという発想です。しかし近年は、このBOTの射程を「資産」そのものにまで広げる必要性が指摘されています。とくに土地・不動産については、次のような構図が繰り返し指摘されています。
- OECDの税務透明性基準に基づく口座情報交換が進展した結果、銀行口座など金融資産の把握は一定程度改善した。
- その一方で、一部の富裕者や不正資金が不動産市場に「逃避」しているとのエビデンスが蓄積されつつある。
- 国境を越えた不動産所有は、複数国の登記・法人制度をまたぐため、誰が最終的なオーナーなのかを把握することが難しい。
- 法人や信託などを介して不動産を持つことで、実際の受益者が見えにくくなる。
このような状況を踏まえ、国際企業税制改革独立委員会(ICRICT)やタックス・ジャスティス・ネットワーク(Tax Justice Network)などは、「資産・法人・実質的支配者を一体として把握することのできるグローバルな国家登録簿」の必要性を提案しています。もちろん、現実にすぐそうした登録簿が実現するわけではありませんが、各国レベルで「資産×実質所有者」のギャップをどう埋めるかは、今後の重要なテーマになりつつあります。
Open Ownershipのワーキングペーパーは、このうち土地に絞り、「土地の登記」と「法的主体の実質支配者情報」をどう組み合わせれば、資産レベルでのBOTに近づけるのかを検討しています。
研究課題と仮説:
新しい土地向け実質的所有者登録簿は本当に必要か
本ワーキングペーパーの中核となる問いは、かなりシンプルです。
既存の土地登記と、法的主体(法人・信託など)に関する実質的支配者登録簿とを連携することで、土地に関するBOネットワークをどこまで把握できるのか。そのうえで、専用の「土地向け実質的支配者登録簿」を新設するよりも、拡張性・比例性の観点から優れたアプローチと言えるのか。
著者らは、次のような仮説を立てています。
- 条件が整っていれば、既存の土地登記簿と実質的支配者登録簿を連携させることで、新たな土地向け実質的支配者登録簿を一から作るよりも、拡張可能で比例的な基盤を用意できる可能性がある。
- その「条件」としては、少なくとも以下が必要である。
- 土地・法人・個人に付与される強力かつ一貫した識別子(ID)
- 直接の所有権だけでなく、地役権・担保権・利用権なども含めた権利・利害関係の構造化された記録
- 土地を所有する国内外の法的主体に関する実質的支配者情報へのアクセス
ここで重要なのは、著者たちが「土地向けの実質的支配者登録簿は不要」と断定しているわけではない点です。むしろ、どのような情報をどのタイミングでどの主体が集めるのが現実的か、という観点から、既存の土地登記+実質的支配者登録簿を連携するパターン、土地向け実質的支配者登録簿の新設という二つの選択肢を比較しようとしている、という理解が適切です。
土地に関する二つのアプローチ
ワーキングペーパーでは、資産レベルのBOTに向けた土地関連の制度設計として、大きく2つのアプローチを整理しています。
アプローチ1:土地登記+実質的支配者登録簿を組み合わせる
一つ目は、既存の土地登記をベースに、そこに記録されている「法的な所有者(法人・信託など)」を、別途整備された実質的支配者登録簿から取得して結びつけるアプローチです。
両者を結びつけるためには、地番やタイトル番号といった「土地の識別子」と、法人番号など「法人の識別子」が重要になります。また、データ構造が機械的に結合しやすい形で整備されていることも前提条件になります。
このアプローチの特徴は、「土地の権利情報は土地登記で管理しつつ、実質的支配者情報は法人側の登録簿に集約する」という役割分担を前提としている点です。新しい登録簿を一つ増やすのではなく、既存の仕組みをつなぐ・強化する方向性だといえます。
アプローチ2:土地向けの実質的支配者登録簿を別途設ける
2つ目は、土地向けの実質的支配者登録簿を設計し、土地ごとに「法的所有者」と「実質的支配者」双方の情報を直接収集するアプローチです。
このアプローチでは、「土地」と「実質的支配者」を一つの登録簿の中で完結させることになるため、特定の土地について誰がどのように支配しているのかを、ひと目で確認しやすくなります。一方で、既に実質的支配者登録簿が存在する場合、同じ法人について二重に実質的支配者登録簿情報を申告する必要が生じるなど、重複報告や制度の複雑化につながる懸念も指摘されています。
図1.資産のBOTに関する二つのアプローチの比較
※上段(アプローチ1)は「既存の実質的支配者登録簿情報(BOLV)」と「土地登記情報(LOR)」を組み合わせ、法人を介して間接的に土地を支配する人物を明らかにしている
※下段(アプローチ2)では「新設の土地向け実質的支配者登録簿情報(BOL)」と「土地登記情報(LOR)」を組み合わせ、法人を介して間接的に土地を支配する人物を明らかにしている
第2回予告:具体例とトレードオフ
第1回では、Open Ownershipという団体の立ち位置と、本ワーキングペーパーが扱う「資産レベルのBOT」に関する課題設定、そして土地に関する二つのアプローチの概要を整理しました。第2回では、この2のアプローチが具体的にどのような形で実装されているのか、双方に生じうる代償について、イングランド・ウェールズ、エストニア、スコットランド、カナダ・ブリティッシュコロンビア州における4つの制度を手がかりに見ていきます。