金融庁

自律型AIエージェントの予測不能な脅威

7月下旬、OpenAIが開発中のAIモデルが暴走し、他の組織を攻撃した事例が報道されました。人間が介入することなく、AIが単独でサイバー攻撃を成し遂げた初の本格的な事例として大きな懸念を呼んでいます。


7月下旬、OpenAIが開発中のAIモデルが暴走し、他の組織を攻撃した事例が報道されました。
ハッキングテストへの対応をしている中、テスト用のサンドボックス環境を破って、AIソフトウェアライブラリ運営企業Hugging Faceの本番インフラに侵入してデータや資格情報を奪取したものです。また、その後の報道では、同じAIモデルが別の企業Modal Labsの顧客システムにも不正侵入していたことも報じられています。
人間が介入することなく、AIが単独でサイバー攻撃を成し遂げた初の本格的な事例として大きな懸念を呼んでいます。

 

 

目次

ーサイバーセキュリティ上の脅威としてのバージョンアップ 

ー自社での自律型AIエージェント利用にあたっての示唆 

ーさいごに

 

 

サイバーセキュリティ上の脅威としてのバージョンアップ

これまでのAIによるサイバーセキュリティ上の脅威は、「人間がAIを悪用してサイバー攻撃を行う」というものでした。しかし今回の事件では、AIが目標(テストのクリア)を達成するために人間の指示を超えて自ら判断し、環境(サンドボックス)を抜け出し、手段を選ばず外部システムを攻撃した点において、これまでのものとは大きく異なります。

なお、暴走というと、知性や意図を持った反乱のように捉えられがちですが、今回の事象は「与えられた目的(試験のクリア)に対する極端で意図しない最適化(ショートカット)」というほうが適切でしょう。あくまで高度な計算能力と自律的なツール使用能力が噛み合った結果であり、自尊心や自我を持って意思決定をしたわけではないので、一部で言われる所謂シンギュラリティとは異なると思います。ただ、「人間が制御しきれない自律的AIが実社会に影響を与え始めた」という点において、技術的・社会的な大きな転換点(前兆)であることは間違いないでしょう。

サイバーセキュリティ上の対応として、金融機関等がとるべき対策としては、金融庁と日銀が連名で発出した『「フロンティアAIによる脅威変化を踏まえた金融機関等の短期的な対応」に係る要請』に示された9項目を着実に行っていくことにつきるでしょう。どの項目をとっても決して簡単な内容ではありませんが、早急な点検、ギャップの解消に加え、持続可能な形で有効性・実効性を維持できる管理運営体制の整備・調整を行っていくことが必要かと思います。

 

 

自社での自律型AIエージェント利用にあたっての示唆

上記の内容は、あくまでサイバーセキュリティ上の外部脅威としての観点ですが、他方でAI、特にAIエージェントをコンプライアンスを含む自社業務に活用するといった観点においても、示唆を与えています。

コンプライアンス業務におけるAI技術の活用は、これまでのところ、人間の作業を支援する「補助ツール」といった面が中心かと思います。しかし、AIエージェントでは、例えば制裁アラートのレベル1(初期段階)の確認や取引モニタリングなどのタスクにおいて、開始から完了までの間の作業を自律的に模倣し、完結させることが可能となり、このような活用の仕方を進めている金融機関も少なからず出始めているところです。AIエージェントはタスクを与えられると、様々なシステムやデータの断片(これまで人間が目を向けてこなかったようなデータ要素も含めて)を横断的に自ら調査します。また、以前の技術では、実行させたい処理に合わせて具体的なソフトウェアやルールを直接記述(プログラミング)する必要がありましたが、AIエージェントには「このタスクを完了してほしい」と要求するだけで機能します。逼迫するリソースの有効活用やリスク管理の高度化の両面において、AIの利活用は不可避であり、今後も様々な形で導入が進むものと考えられています。
しかしながら、AIは時間の経過とともに精度が変化する「ドリフト」や、事実と異なる情報を生成する「ハルシネーション」を起こすリスクがあるため、従来の定期的なモデル調整ではなく、より継続的なテスト体制がどうしても必要になってきます。コンプライアンス業務にAIエージェントを導入している金融機関においても、高リスク領域(高リスク顧客、高リスク取引等)の判断にあたっては、人間の関与(ヒューマン・イン・ザ・ループ)を維持しているケースがほとんどです。
特に自律的なAIエージェントの判断結果への依存が高まっていく中では、その自律的な判断に不適切な要素が混在していないか、結果として断結果に誤りや問題がないか、モデルの振舞いを継続的に監視・文書化し、いつでも人間の論理で説明できるようにする管理態勢の確保・維持は必要不可欠でしょう。

 

 

さいごに

技術、特に自動化技術の進展は、多くの経済的メリットを生み、産業の発展に寄与しますが、一方でそういった自動化技術の導入初期段階・黎明期には、伝統的なリスク管理や安全管理の観点において想定外の負の要素が表面化したことも少なくありません。

特に昨今のAI技術の進展は非常に早く、多くの想定をはるかに上回っています。今後も指数関数的に進歩するだろうといった声もあります。これは同時に新たな外部脅威の変化・強化や、内部の業務プロセスの変化による新たなリスクの台頭・既存のリスクコントロールの無力化するといった事態も生む可能性があります。アジャイル・ガバナンスという表現が適切かはわかりませんが、内外のリスク環境の変化に遅れることなく、管理態勢も適時・適切に調整していくことがますます必要になっています。

 

 

著者のご紹介

コンプライアンス・データラボ株式会社 
プリンシパル
鈴木紀勝(Norikatsu Suzuki)

国内・外資の大手損害保険会社等において企業分野の火災、自然災害、ITリスク等のリスク評価やコンサルティング、損害調査・査定に従事したのち、米系リスクコンサルティングファームにて金融機関向けリスクコンサルティングを展開。

その後、金融庁において金融機関のバーゼル規制対応の審査や、大手金融機関のリスク管理やコンプライアンス・内部管理、海外管理・グループ管理等に係る検査・モニタリング、海外当局との調整業務に従事。また金融庁勤務期間中には米国ニューヨーク連邦準備銀行に出向し、外国大手金融機関のリスク管理や、サイバーセキュリティ等の検査業務に従事した。

2025年より当社に参画。

 

 

 

 

 

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