12月5日、ビットコイン(BTC)の価格は一時10万ドルを超え、史上最高値を更新しました。これは、米国のトランプ次期大統領が主張する「暗号資産の規制緩和」に対するマーケットの期待の高まりを示しているといえます。一方で、暗号資産は昨今の金融犯罪と密接に関連しており、その取扱いには細心の注意が必要です。今週はマネロン対策の観点で暗号資産交換業者を取り巻く概況について解説します。
目次
- 疑わしい届出や口座数の傾向
- マネロン・テロ資金供与・拡散金融対策に関する行動計画
- マネー・ローンダリング等対策の取組と課題
- マネロンの手口
- 海外事業者の制裁事例
- まとめ
1. 疑わしい届出や口座数の傾向
2024年12月時点で、国内で登録されている暗号資産交換業者は31社です。近年、不正流出やマネロン等の犯罪において暗号資産交換業者の取引所や口座が狙われる事件が散見されており、金融庁の認可審査を厳しくしていることから業者数としては微増に留まっています。(2019年1月時点では17社)
犯収法に基づき暗号資産交換業者がマネロン等の疑いのある取引について警察庁に届け出た件数と、暗号資産交換業者の口座数の推移を見てみると、各ガイドラインの公開や各業者の努力によるところがあるため一概に相関関係があるとは言い切れませんが、届出数および口座数はともに急増しており、市場における注目の高さが伺えます。
(警察庁、一般社団法人日本暗号資産取引業協会資料よりCDL作成)
2. マネロン・テロ資金供与・拡散金融対策に関する行動計画
財務省は2024年4月17日に新たに2024年-2026年のマネロン・テロ資金供与・拡散金融対策に関する行動計画を公表しました。特に暗号資産交換業者に関連する行動内容と担当を下記に示します。(※下記以外の項目が暗号資産交換業者に関連しないわけではない点に注意。)
IO.3 マネロン・テロ資金供与対策に係る金融機関・暗号資産交換業者の監督・予防措置
- 金融機関・暗号資産交換業者(以下、「金融機関等」)のリスク理解を更に向上させ、リスク評価に基づくリスクベースの実効性ある取組を促す。
【金融庁、その他金融機関監督省庁】
- ブロックチェーンや暗号資産等を活用した技術による新たな金融商品・サービスを提供する金融機関等において、必要なリスク低減措置等が実施されるよう取り組む。
【金融庁、その他金融機関監督省庁】
IO.8 犯罪収益の没収
- 預貯金口座や暗号資産取引口座に関して、迅速かつ確実な凍結検討依頼を行う。
【警察庁、金融庁】
FATFの第五次相互審査が2027年以降開始することを踏まえて、より「実効性」を重視した取り組みが求められていることが伺えます。
3. マネー・ローンダリング等対策の取組と課題
金融庁は、2024年6月28日に「マネー・ローンダリング等対策の取組と課題」を公表しました。そこでは、各セクター別のリスク評価結果として暗号資産取引業者は相対的にリスクHigh(4段階のうち、上から2番目)とされています。その要因としては、取引における匿名性の高さや、規制が不十分な国を経由した資産の移転に対する追跡の難しさが挙げられています。
なお、暗号資産交換業者に関連する法令としては主に次の3つがあり、取引時確認の義務や態勢不備時の処分について規定されています。
- 犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下、犯収法という)
日本では2023年に改正犯収法を施行し、トラベルルールを開始しました。トラベルルールとは、暗号資産・電子決済手段の取引経路を追跡することを可能にするため、暗号資産交換業者・電子決済手段等取引業者(以下、VASPという)に対し、資産の移転時に送付人・受取人の情報を通知する義務を指します。
【通知事項】
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自然人
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法人
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送付人情報
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- 氏名
- 住所or顧客識別番号
- ブロックチェーンアドレスor当該アドレスを特定できる番号
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- 名称
- 本店又は主たる事務所の所在地or顧客識別番号等
- ブロックチェーンアドレスor当該アドレスを特定できる番号
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受取人情報
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- 氏名
- ブロックチェーンアドレスor当該アドレスを特定できる番号
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- 名称
- ブロックチェーンアドレスor当該アドレスを特定できる番号
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(備考)金融庁資料よりCDL作成
トラベルルールの適用対象は、国内だけでなく海外VASPへの移転も含まれており、グローバル全体での一体的な対応が求められます。しかし、一部地域では法令化の遅れが発生しており、いわば抜け穴が存在している状況といえます。
4. マネロンの手口
暗号資産取引においては法定通貨における外為取引等と異なり、仲介業者など不要で取引が完了する性質を持つこと、匿名性を高める技術が存在することからマネロンの手口は多岐に亘ります。
プライバシーコイン
MoneroやZcashなど、トランザクションの送受信者情報を匿名化するプライバシーコインを利用することで、取引の追跡を困難にします。近年では、マネロン防止に準拠するために、ユーザーの許可を得た場合にのみ、監査の際のユーザーの支払いを証明することが可能となっています。
ミキシングサービス
特定のミキシングサービスを利用して、送金元と送金先の暗号資産を混ぜることでトランザクションを匿名化します。本来は、富裕層や公人等がプライバシーを担保するために利用することが想定されていましたが、悪意のあるユーザーによる利用が蔓延しています。
クロスチェーンブリッジ
クロスチェーンブリッジとは、ビットコインとイーサリアムのように異なるブロックチェーンを「橋」のように結びつけ、特定のブロックチェーン上にある暗号資産を他のブロックチェーンで利用できるように開発された技術およびそれを利用したプラットフォームサービスです。ブロックチェーンエコシステム全体の流動性の向上を意図した技術ですが、取引の追跡を困難にするために利用される場合があります。
5. 海外事業者の制裁事例
前項で紹介したマネロン手口は随時対策や規制が講じられておりますが、暗号資産交換業者が対策を怠った場合やマネロンに加担したと見なされた場合には政府より制裁を受けることがあります。本項では、海外で発生した制裁事例を紹介していきます。
Binance
Binanceは、世界最大の暗号資産取引所の一つです。2023年11月にAML/制裁遵守の違反で重大な罰金を科されました。
【事由】
・AML対策の不備:適切なKYC(Know Your Customer)プロセスが欠如していた。
・未登録の資金送金業者としての運営:必要な登録を行わずに金融業務を行っていた。
・制裁対象との取引:制裁対象国(イラン、シリア等)や人物との取引を許容し、監視システムを回避するための措置を講じていた。
【制裁内容】
・司法,金融当局に対する合計43億ドルの罰金の支払い
※また、制裁ではありませんが、Binanceは金融庁の認可無しに日本でのサービスを展開していたため、2018年と2021年に金融庁はBinanceに対し警告を出しています。
Garantex
2022年にロシアの暗号資産取引所Garantexは制裁対象のハッカーグループや北朝鮮のサイバー犯罪者による不正な取引に利用されていたとして、米国財務省によって制裁を受けました。
【事由】
・AMLおよびテロ資金調達対策の要件に違反していた。
・違法性の高いダークネット市場での取引(危険薬物取引)に関与していた。
【制裁内容】
・Garantexに関連するUSDTやETH等のアドレスの資産凍結および米国人との取引の禁止
Tornado Cash
Tornado Cashは暗号資産のミキシングサービスであり、資金の出所を隠すために利用されています。2022年、米国財務省はこのサービスが北朝鮮のハッカーグループによるサイバー犯罪の収益の洗浄に使用されているとして制裁を科しました。
【事由】
・Tornado Cashがハッカーグループによるマネロンに利用されていることを認知しながらも、有効な対策を講じることなく取引を継続していた。
【制裁内容】
・共同創設者二人を制裁違反および無認可の送金業運営を共謀した容疑で起訴
※24年5月の報道で5年4カ月の実刑判決が下ったとされています。
Tether(テザー)
Tether(テザー)はドルを代替するステーブルコインとして設計された暗号資産「USDT」の発行元であり、
2024年1月の国連薬物犯罪事務所(UNODC)のレポートによるとUSDTは「犯罪組織がマネロンを行う際の最も人気な暗号資産の一つ」として危険視されていました。
【事由】
・USDTが麻薬密売、テロ、ハッキングのための国際犯罪ネットワークに利用されたことで、マネロン及び制裁法に違反した疑いがあるとして米検索に捜査を受けている。
【制裁内容】
・現在捜査中のため本件に係る制裁は下っていませんが、犯罪組織がマネロンにUSDTを利用した事実があった場合は制裁として業務停止等の可能性が示唆されており、米国民はUSDTを利用できなくなる恐れがあります。
6. まとめ
今回はは暗号資産交換業者に関連する市場概況や法制度や制裁事例について紹介しました。
犯罪組織による暗号資産サービスを悪用したマネロン手口は日々巧妙化しており、各企業のコンプライアンス担当部門はその手口を把握するとともに、自らの顧客のリスクについて継続的なデューデリジェンスを行うことが重要です。