実質的支配者

悪質なM&Aとコンプライアンス的規制動向

近年様々な社会情勢を受け増加傾向にあるM&Aですが、同時に悪質なM&Aによる事件も増えています。これを取り締まるため、政府、業界団体による仲介会社への規制が強化されています。今回のブログではM&Aの概況、規制動向について、トラブルの実例を挙げて解説します。


中小企業庁は25年1月、資金力に疑義がある買い手であることを認識しながらM&Aを成立させたとして、「M&A DX(代表: 牧田 彰俊)」を「M&A支援機関登録制度」の登録から取り消すことを公表しました。背景には、近年注目を浴びる悪質なM&Aを取り締まるための、仲介会社への規制強化があります。
今回はM&Aの概況やトラブルの実例、規制動向について解説します。
 

 

目次 

 

 

活況のM&A市場 

以下は、日本企業のM&A件数の推移です。年によって増減はありますが、M&A件数は過去20年間で約2倍以上増加していることがわかります。2022年に過去最多となったのちに2023年にはやや減少したものの、依然として高水準を推移しています。これらはあくまで公表されているケースのみであり、未公表のケースが一定数存在することを考慮すると、国内のM&Aは大きな活況期を迎えているといえます。背景には、グローバルでの競争激化に対応するためのコア事業への集中投資、創業者の高齢に伴う事業承継、そしてM&Aの成功・失敗体験の積み重ねによる心理的障壁の低下などが挙げられます。 

 日本企業のM&A件数の推移

 (出典)経済産業省「中小企業白書」よりCDL作成 

 

以下は、中小企業におけるM&Aの実施件数です。その過半数は民間M&A支援機関を通じて実施されたことが分かります。 

 中小企業におけるM&Aの実施件数

(出典)経済産業省「事業承継・M&Aに関する現状分析と今後の取組の方向性について」 

 

 

M&A仲介のスキーム 

M&A仲介会社とは、買い手と売り手の間に立ち、中立的な立場でM&Aをサポートする会社です。
基本的には営業活動を通じて売り手や買い手にマッチングサイトへの登録を促し、希望する相手を探してもらいます。M&A仲介会社によって異なりますが、多くは商談ステータスごとに相談料、着手金、中間金、成果報酬等の費用を、売り手・買い手またはその両方から受け取るスキームとなっています。 

 M&A仲介のスキーム

(出典)CDL作成 

ここでのポイントは、このビジネスモデルにおいてできるだけ大型案件を早く、多く成約させることが重視されている点です。売り手買い手双方のメリット最大化にくいこと悪質な買い手の参入を防ぐ動機が働きにくいことが課題といえます 

 

 

M&A仲介時のトラブル 

2021年以降、茨城県土浦市に拠点を置く投資会社「ルシアンホールディングス」が関与したM&A案件で、トラブルが相次いでいます。 

 

(出典)各種報道よりCDL作成 

 ルシアンホールディングスは、債務超過や赤字であるものの、現金を多く持つ企業を標的とし、他に買い手がつきにくい状況の中で迅速に買収を進めました。買収後には「子会社の資金管理は本社で行うべき」との方針のもと、買収先企業の口座資金をルシアンホールディングスの口座に移し替えました。本社で口座管理すること自体は一般的な商習慣であり、特段不自然ではありません。
しかし、ある程度の現金を移し替えたあと、ルシアンホールディングスの経営陣と連絡が取れなくなり、子会社の運転資金は不足。場合によっては倒産したケースが発生しました。一連の事案において、株式譲渡契約には「子会社の銀行借入の連帯保証を解除し、ルシアンホールディングスが履行する」との条項が含まれていましたが、それらは履行されずに現金が持ち出され、負債のみが残る形となりました。
 

 なお、M&Aを仲介したペアキャピタルは2024年10月に以下の内容を公表しています。 

  • 調査機関を通じて入手した買手企業であるルシアン及び関連企業の信用調査レポートの確認、登記情報の確認に加え、決算資料の開示請求や関連会社の銀行預金通帳の写しの取得など、綿密な調査を行った上で仲介を進めていたこと
  •  ルシアンから提供された一部の情報に虚偽が含まれていたことが、事後に明らかとなったこと 
  • ルシアンが連帯保証の解除の手続きを行っていない事象が発覚した直後に、ルシアン側へ連絡を含め、事態の早期解決に向け最大限尽力したこと

 (出典)https://p-capital.co.jp/topics/2024/news/4046/ 


一部の報道によると、類似の事案はルシアンホールディングス以外にも複数確認されており、業界として悪意のある買い手を排除することが喫緊の課題とされています。
 

 

 

業界団体の対応 

100社を超える会員で構成される「M&A仲介協会」は、不当なM&A取引の防止に向け、2024年8月に以下の取り組みを開始することを公表しました。 

  1.  悪質な譲受け事業者の情報共有の仕組み(特定事業者リスト)
    M&A仲介協会は、会員限定で悪質な譲受け事業者の情報を照会できるセキュアなシステム「特定事業者リスト」を導入します。各会員が悪質な譲受け事業者の情報を得た場合、M&A仲介協会に通報し、M&A仲介協会の審査を経て悪質な譲受け事業者であると判断された場合には、その事業者の情報が「特定事業者リスト」に登録されます。会員各社はこのリストを検索・照会し、自社の譲受け事業者のチェック機能の一部として活用できるようになります。 
  2. 「特定事業者の情報共有の仕組みに関する規約」の策定型
    2024年1月より施行された「自主規制ルール」に準ずる形で「特定事業者の情報共有の仕組みに関する規約」を策定しました。同規約は、適切なM&A取引の実施を目的とし、上述の「特定事業者リスト」を中心に、会員が不当なM&A取引に関与することを防止することで、顧客企業およびその利害関係者の被害を抑制するために策定したルールです。

(出典)https://www.maa-a.or.jp/list/

 

 

中小企業庁の対応 

中小企業庁は、国内の健全なM&A取引の促進に向けて、2020年3年の「中小M&Aガイドライン」の策定以降、これまで2回の改訂を経て現在は第3版が公表されています。 

 第3版では主に以下の内容が改訂されました。 

1)仲介者・FA(フィナンシャル・アドバイザー)の手数料・提供業務に関する事項 

2)広告・営業の禁止事項の明記 

3)利益相反に係る禁止事項の具体化 

4)ネームクリア・テール条項に関する規律 

5)最終契約後の当事者間のリスク事項について 

  • 中小企業向けに、最終契約・クロージング後に当事者間でのトラブルとなりうるリスク事項を解説しています。 
  • 仲介者・FA向けに、当事者間でのリスク事項について、依頼者に対する具体的説明を求めています。 

6)譲り渡し側の経営者保証の扱いについて 

  • 中小企業向けに、M&Aを通じた経営者保証の解除又は譲り受け側への移行を確実に実施するための対応として、士業等専門家・事業承継・引継ぎ支援センターや経営者保証の提供先の金融機関等へのM&A成立前の相談や最終契約における位置づけの検討等の対応について明記しています。 
  • 仲介者・FA向けに、士業等専門家・事業承継・引継ぎ支援センターや経営者保証の提供先の金融機関等への相談が選択肢となる旨の説明、最終契約における経営者保証の扱いの調整を行うことを求めています。 
  • 金融機関向けに、M&Aの成立前又は成立後に経営者保証の解除又は移行について相談を受けた場合の「経営者保証に関するガイドライン」等に留意した適切な対応の検討が求められる旨を明記しました。 

7)不適切な事業者の排除について 

  • 仲介者・FA、M&Aプラットフォーマー向けに、譲り受け側に対する調査の実施、調査の概要・結果の依頼者への報告を求めています。また、不適切な行為に係る情報を取得した際の慎重な対応の検討を求めています。 
  • 加えて、業界内での情報共有の仕組みの構築の必要性を明記するとともに、当該仕組みへの参加有無について、依頼者に対して説明することを求めています。

 (出典)中小企業庁ニュースリリース 

 

ポイントは(5)(6)(7)であり、主に売り手・買い手間のトラブル防止に向け、M&A仲介会社に対し具体的な対応を求めています。 

また、(7)の譲り受け側に対する調査の内容として、財務諸表の確認、Webによる不芳情報や調査会社を活用した調査、登記簿の確認などが例示されています。 

 タイムライン

AI によって生成されたコンテンツは間違っている可能性があります。

(出典)中小企業庁「中小M&Aガイドライン改訂(第3版)に関する概要資料 

 

今後M&A仲介会社にはより高度なコンプライアンス管理態勢が求められるでしょうこれまでのトラブルや手口の分析を踏まえ、必要に応じて、譲り受け側の株主構成や実質的支配者の確認が求められる可能性は十分に考えられます。 

 

 

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