金融犯罪対策

地面師から学ぶ、マネーロンダリングの手法とその対策


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平素よりお世話になりありがとうございます。「CDLブログ第47号」をお届けします。 

 今NetFlixでも話題の「地面師たち」。ご覧になった方もいらっしゃるでしょうか。今週は実際にいる地面師という詐欺集団の詐欺手法と詐欺により取得した犯罪資金のマネーロンダリングの手法を解説していきます。

 

目次

 

 

地面師とは?

 地面師とは、他人の土地や建物などの不動産を自分の所有物であるかのように偽装して、不正に売却し、代金をだまし取る詐欺師のことを指します。彼らは偽造した書類や他人になりすました人物を使って、まるで合法的な不動産取引が行われているように見せかけ、詐欺を実行します。

◆なりすまし: 地面師は、偽の身分証明書や登記書類を使って、実際の不動産所有者になりすまします。
◆偽造書類の作成: 売買契約書や不動産登記書類などを偽造し、取引が合法的に見えるようにします。
◆不正な売買契約: 偽造書類や虚偽の情報を使い、他人に土地や建物を不正に売却し、代金をだまし取ります。

また、これらは一人で実行するのではなく、グループで行われることが一般的で、メンバーそれぞれがある特定の役割の仕事だけを与えられ、遂行するものだと言われています。

実在したグループの構成例を以下に示します。

 

地面師グループの構成

図1. 地面師グループの構成例

 

 ここでの例はすべて一人で役割を担っているように表されていますが、実際にはそれぞれの役割に数人ずついたとされており、1案件の規模がどれほど大きいかがそれだけでもわかります。

 このようにして役割を完全に分担することにより、1人1人の刑罰が軽くなります。またその犯罪で得られた資金を隠しておき、その犯罪資金を刑の満了後に利用することも可能だと言われています。

 

 

地面師詐欺に遭ってしまう背景

 本人ではない「なりすまし」に、どうして騙されてしまうのか?という疑問が湧き上がってきます。ここで地面師詐欺に引っ掛かってしまう理由について解説していきます。

 

プロ集団による巧妙な訓練

 前章で解説した通り、「なりすまし役」のほかに「なりすまし教育役」が存在し、売買契約の本人確認の際に想定されうる質疑応答に対して徹底的に対策されています。
また、この集団には元不動産デベロッパー出身者であったり、元司法書士の人がで構成されるケースが多いため、売買契約における具体的な流れを熟知していることが信用させられる要因といえると思います。

さらに言えば、詐欺集団の仲介会社役も売買取引に立ち会うことにより、本人確認の際の難しい質問等の対応のサポートをおこなっているとも言われています。

 

売買取引における土地所有者の優位性

 現在、日本の土地の価格はここ数年で急上昇しており、特に都心である程度まとまった土地となれば、不動産デベロッパーにとっては引く手数多の状況です。

 そこで土地所有者がその土地を相場価格より安く売りたいと言った場合、不動産デベロッパーや個人投資家は何としてでもその土地を購入したいという気持ちになるはずです。実際に土地の所有者は売買契約における契約決定・価格交渉・取引条件を設定する権利があるので、不動産デベロッパーは土地所有者の機嫌を損ねないために、怪しいと思いつつも近隣住民への本人確認を怠ったり、土地の権利証の確認も行わずに売買代金を振り込んでしまうということが起こります。

また、不動産取引では所有者が提出する書類(権利証、登記簿謄本、印鑑証明など)が法的に正当であると見なされるため、第三者(買い手や不動産業者)はこれらの書類の正当性を疑うことが少なくなります。

 

 

 

積水ハウス55億事件の解説

 実際に2017年に起きた積水ハウス55憶事件について事件後の犯罪資金の動き等も交えつつ解説します。(あまりにも有名な事件のため、実名を出しております)

事件概要

 本事件は、五反田の駅近くの600坪もある旅館が舞台となっています。

事件の起きる以前から、この旅館は様々なデベロッパーが目を付ける土地でした。宿泊客を装うなどしてデベロッパーの社員がこの地権者に接近していましたが、地権者はこの土地を絶対に売らないと言っていたようです。

しかし、詐欺事件の数か月前に旅館に住む地権者は体調を崩し入院。実際にそこには誰も住んでいないような状況となってしまいます。

もともと目を付けていた地面師グループは事件以前から旅館横の駐車場を賃貸借契約で契約し、いち早く地権者が入院した情報を入手したところから始まります。

ここで地面師グループは仲介業者(ブローカー)を通じ、偽の旅館の売り情報を一斉にばらまいたところでその情報を知った積水ハウスが興味を持ちました。

地面師グループは、積水ハウスに対して偽の所有者を立て、偽造された書類を提供しました。これには、偽の登記書類や印鑑証明書、所有者になりすますためのパスポートなどが含まれていました。積水ハウスはその書類に基づいて約55億円を支払いと、土地の権利を取得する手続きを進めました。

この段階で、積水ハウスは購入資金を偽の所有者に振り込みましたが、その後すぐに登記変更の申請が法務局で拒否されました。書類が偽造されていたため、土地の所有権は移転されなかったのです。ここで初めて、積水ハウスは詐欺に遭ったことに気づくことになりました。

 

本事件における不可解な点

 本事件において、一般的な不動産売買契約ではあまり見られないようなケースが多くみられました。

1億円を超える売買契約で小切手が使われていた

 通常、1億円を超えるような大規模な不動産取引では、現金小切手ではなく、銀行振込が一般的です。銀行振込は、送金記録が明確に残るため、資金の流れを追跡しやすく、取引の透明性や信頼性が高いとされています。

しかし、この事件では現金小切手が使用されていました。小切手は振込に比べて、換金後の追跡が難しく、特に詐欺やマネーロンダリングの手口に使われることが多いです。詐欺グループはこの小切手の特徴を利用して、積水ハウスから得た資金をすぐに換金し、資金を分散させたと考えられます。

ペーパーカンパニーの介在

 本事件において、売主のなりすましである地面師と積水ハウスの間に転売を目的とする会社がいました。この会社はブローカーと呼ばれ、地権者と積水ハウスをつなぐ役割を果たす会社なのですが、この会社の登記簿上の住所は元衆議院議員の事務所の住所と同一住所となっていたため、ペーパーカンパニーであることがわかります。しっかりとしたデューディリジェンスを行えばこのペーパーカンパニーを疑うことが積水ハウス側も、銀行側も把握できたのではないかと言われています。

本人を名乗る人からの手紙

 事件の進行中、積水ハウスは不動産取引に関連して、本物の所有者を名乗る人物から手紙を受け取っていました。この手紙には、土地が売却されることはないという内容が記載されており、所有者が取引に関わっていないことが明示されていました。しかし、積水ハウス側はこの手紙を軽視し、詐欺グループの進める取引を続行しました。この手紙を重視していれば、詐欺を回避できた可能性が指摘されています。

銀行の役割と監視体制の不備

 日本の金融機関には、通常、大規模な取引や疑わしい資金移動があった場合にその取引を報告し、モニタリングする義務があります。しかし、この事件では、約55億円という巨額の資金が一度に移動したにもかかわらず、銀行が適切な対応を取らなかったことが明らかになっています。銀行が適切に監視し、疑わしい取引として報告し、資金移動を凍結する対応をしていれば、被害の一部が回収できた可能性もあります。

 

 

事件後のマネーロンダリングの様々な手法について

 今回の事件で使用されたとされるマネーロンダリングの手法等について解説していきます。

現金小切手による取引

 現金小切手を使うと、銀行振込のような詳細な送金記録が残りにくいため、資金の流れを追跡することが難しくなります。銀行振込では、送金元と送金先が明確に記録されるため、取引の透明性が保たれますが、現金小切手は換金された時点でそのトレースが難しくなります。詐欺グループはこの点を利用し、資金の移動を迅速に行い、追跡を避けることができます。

また、現金小切手は、銀行に持ち込めばすぐに換金することが可能です。このため、詐欺グループは資金をすぐに手に入れ、その後、複数の口座に分散させることで資金の流れを隠蔽できます。銀行が取引を監視して疑わしい取引としてフラグを立てる前に資金を移動させてしまうため、マネーロンダリングが成功しやすくなります。

その他にも現金小切手は、その性質上、特定の個人や団体以外でも換金できる場合があります。詐欺グループは、仲介者や第三者を使って小切手を換金し、その後に資金を分散させることで、自分たちの身元を隠しやすくします。このような手口により、マネーロンダリングのリスクが高まります。

迅速な海外送金

迅速な海外送金は、マネーロンダリングの成功において重要な要素です。銀行のモニタリングシステムや各国の法執行機関が異常な取引を検知する前に、犯罪者は資金を複数の国や口座に分散させます。このため、送金の速度が重要であり、詐欺グループはオンラインバンキングや暗号資産などを活用して、短時間での資金移動を行います。

今回紹介した地面師グループでは資金移動の役割を持つ担当がいたというのと、現金小切手取引による迅速な現金化が可能になったため、異常な取引を検知する前に犯罪資金を洗浄することができたと考えられます。

SPCを利用したマネーロンダリング

SPC(特別目的会社)を利用したマネーロンダリングは、資金洗浄の一環としてよく使われる手法の一つです。SPCは特定の目的(通常はプロジェクトや取引のため)に設立される会社であり、資産を保有したり、取引を行う際に法的な枠組みを提供します。この仕組みを悪用して、資金の出所を隠したり、資金を「合法的」なものに見せかけることが可能です。具体的に下記に例を示します。

  1. 資産の匿名化 SPCを利用することで、資産の所有者を曖昧にすることができます。多くの場合、SPCの株主や設立者の情報は表に出ないため、誰が実際に資金をコントロールしているのかを隠しやすくなります。これは、資金の出所を追跡しようとする捜査当局を困難にする要因となります。

  2. 複数のSPCを使った資金の多段階移動 複数のSPCを使って資金を何度も移動させることで、資金の流れを複雑化させます。例えば、犯罪で得た資金を一つのSPCに投資し、次にそのSPCを通じて別のSPCに資金を移動させ、最終的に合法的な取引の形で資金を還元することが可能です。この過程で、資金の出所を隠すことができ、最終的にマネーロンダリングが完成します。

  3. タックスヘイブン(租税回避地)でのSPC設立 タックスヘイブン(税率が非常に低い、または金融監視が緩い国や地域)でSPCを設立することで、税金や取引記録の透明性を低く保ちます。これにより、資金の流れやその最終的な受取人を隠すことが容易になります。多くの場合、タックスヘイブンで設立されたSPCは、犯罪組織や詐欺グループが資金を隠すための理想的な場所となります。

  4. 合法的なプロジェクトへの資金投入 マネーロンダリングでは、最終的に資金を合法的な形で還元する必要があります。SPCは特定のプロジェクトや事業を行うために設立されることが多いため、そのプロジェクトを通じて犯罪で得た資金を「正当な投資」として見せかけることができます。たとえば、不動産開発や投資ファンドの形で資金を戻し、最終的に合法的な利益として還元する手法が取られます。

  5. SPCによる借入や担保の利用 SPCを設立し、そのSPCを通じて銀行や金融機関から融資を受け、違法な資金を正当な事業資金に見せかける手法も使われます。融資が成功すれば、違法資金は合法的な借入金や利益のように見せかけられます。こうした手法は、複雑な財務取引を伴うため、マネーロンダリングの一部として利用されることがあります。

 実際55億円事件では上記のようにSPCを利用したのではないかとも言われていますが、ほとんどのお金が返還されていないため、事実はわかっていません。

 SPCを利用したマネーロンダリングは上記に挙げた以外でもいろいろな実例があるため、興味のある方は調べてみると面白いかもしれません。

 

 

 

まとめ

 今回はNetFlixで話題となった「地面師たち」を解説しました。

デベロッパーだけではなく、海外投資家も現地確認の困難さや信頼する仲介業者の裏切りなどにより、このような地面師詐欺に遭うことが実際にあるようです。

詐欺被害に遭わないためには、不動産デベロッパーや投資家の方は不動産売買契約における地権者の本人確認の強化、仲介業者や関連会社、当該物件のデューディリジェンスの強化などをしていくとともに、マネーロンダリングを回避するために、銀行側もしっかりとしたモニタリングや適切な処置を迅速に行える仕組み作りをしていく必要があると感じました。

 弊社では、そのようなデベロッパー・投資家・銀行がしっかりとしたデューディリジェンスを行えるような企業情報を提供しております。

また、ペーパーカンパニーのフラグをあげる個別対応も可能となっております。実際に調査対象となる会社の登記簿住所や所在住所が他のオフィスの住所と被っていないか、ビルの案内板に当該企業が存在するかなどを確認し、その内容を企業評価に含めた企業リスク評価のBPOサービス等も提案できますので、お気軽にご相談ください。

 

 

 

 

 

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