現在は2028年開始の第5次国際金融活動作業部会(FATF)相互審査に向け、有効性評価期間に当たり、各国は積極的に自国の法制度体制強化を進めています。その中でFATF勧告24、25の改訂に関しては、第5次FATF相互審査から審査対象となるため、重点的に対応を進めているところです。本稿では実質的支配者関連法制に焦点を当て、2025年に大きな動きのあったベトナム、インドネシア、米国における動向を整理、解説します。
目次
― FATF第4次相互審査における評価
― 各国の実質的支配者に関する規制動向
― 第5次審査に向けて考慮すべきこと
FATF第4次相互審査における評価
まず始めに、この後取り上げる各国において、現時点で法令整備状況(Technical Compliance)と有効性(Effectiveness)がそれぞれどのように評価されているか振り返ってみましょう。
実質的支配者に関連する項目については、法令整備状況の基準が勧告24(Recommendation)、有効性の基準が短期的目標5(Immediate Outcome)で示され、制度の完成度と運用実態が両面から検証されています。法令整備状況は高評価でも運用に課題があれば、有効性評価が相対的に低くなることも珍しくありません。

※法令整備状況の凡例: 履行(Compliant)、おおむね履行(Largely Compliant)、一部履行(Partially Compliant)、不履行(Non-Compliant)、適用外(Not Applicable)
※有効性評価の凡例: 高(High)、十分(Substantial)、中程度(Moderate)、低(Low)
各国の実質的支配者に関する規制動向
ベトナム ー実務対応を大きく転換する法改正
2025年7月1日に施行されたベトナムの改正企業法は、実質的支配者規制を明確化し、その透明性強化に大きく踏み出しました。改正のポイントは以下の通りです。
- 定義の明確化:実質的支配者を直接または間接に企業の定款資本または議決権付株式の25%以上を保有する自然人(他の法人を経由した間接保有も含む)、または単独で支配権を行使する自然人と定義。
- 情報の申告義務:企業は設立時に実質的支配者情報(BOI)を所管官庁に申告する義務を負う。
- 変更時の報告義務:BOIに変更があった場合は、速やかに報告する義務が生じる。
- 情報の保存義務:収集・申告したBOIは、企業解散後も含めて最低5年間は保管し、適切に管理しなければならない。
- 当局による要請対応:国家機関からの要請があった場合、速やかにBOIを提出しなければならない。
- 未申告企業への対応:既に登録された企業は早期の届出も可能だが、登記内容の変更時にBOIの追加・更新を一括して届け出ればよいが、一方で未提出企業に対し関係当局が個別に情報提供を要請できる仕組みを整備し、調査回避の悪用防止を図っている。
- 制裁措置の導入検討:申告・更新不備に対する行政罰や制裁措置も検討されている。
これらの改正は、FATF勧告に合致しつつ、ベトナムの企業ガバナンス向上とAML/CFT対策強化を促進するものであり、実務対応の重要な転換点となります。
インドネシア ーより厳格な監督体制へ
2025年2月、インドネシア法務省(MOL)より、「法人の実質的支配者の確認と監督に関する新規則」が施行されました。これは従前定められていた「法務人権大臣規則2019年21号」に取って代わり、法人の実質支配者の特定、確認及び更新について、より厳格なルールを規定しています。具合的には次の通りです。
- 実質的支配者の定義の拡充:実質的支配者とは、会社の取締役会、監査役会、経営陣の任命や解任権を持ち、直接または間接に会社の利益を享受する個人と定義。
- 報告義務の明確化、文書管理の義務化:法人は設立、変更、年次更新時にBOIを確認・提出し、文書管理・維持の義務を負う。
- 第3者関与の強化:公証人も一定の手続きにおいてBOIの検証に関与し、法務省は提出情報の検証を行う。
- リスクベースアプローチ、行政制裁の導入:MOL及びその他の政府機関はリスクベースでBOIの検証を実施し、法人が義務を果たさない場合には行政制裁(警告、MOLのブラックリスト掲載、MOLのオンラインシステムへのアクセス遮断等)を科すことが可能。
- これにより、インドネシアにおける企業のコーポレートガバナンス強化とAML/CFT対策の合理的運用が期待されている。
このようにインドネシアで事業を行う企業にとって実質的支配者情報の正確な管理と報告体制構築を一層求めるものとなっており、現地の法令遵守とリスク管理の重要性が高まっています。
米国 ー規制緩和の方向へと揺れる制度運用
米国はこのテーマにおいて混沌の最中にあります。米国における実質的支配者の透明性確保の柱となる企業透明法(Corporate Transparency Act、CTA)は、2024年1月に制定され、法人や有限責任会社(LLC)などを対象に実質的支配者情報の報告を義務付けました。これにより、FinCEN(米国金融犯罪取締役ネットワーク)が中央データベースを設置し、情報を集中管理する仕組みが構築されました。しかしながら現在、トランプ政権の復活を背景に、この制度の適用範囲が大幅に縮小され、実効性に重大な影響を及ぼしています。
2025年3月、FinCENは暫定最終規則を公表し、企業透明性法に基づく報告義務の対象範囲を大幅に絞り込みました。
- 報告対象の大幅縮小:米国法人(domestic reporting company)に対する報告義務が免除され、報告会社の定義は米国外企業(foreign reporting company)のみとされ、更には米国内の実質的支配者が米国人である場合、その報告義務も免除されている。
- 制裁措置の一時停止:報告の不履行に対する罰金・制裁措置の執行一時停止が発表されており、報告義務の実効的な運用は事実上緩和されている。
- これらの規制緩和の背景には、報告義務の負担軽減や情報の有用性とプライバシー保護のバランスに関する政権の方針転換と複数の裁判による不確定要素の存在がある。
この結果、米国の企業透明法は当初想定されていたほどの網羅性・透明性確保の役割を十分に果たせておらず、FATFの勧告や国際標準から一定程度の乖離が生じる懸念があります。
第5次審査に向けて考慮すべきこと
まず、第4次相互審査では、改定前の勧告24が適用されており、冒頭の評価も改定前の基準をベースとしていることに注意が必要です。勧告24の改定については、当ブログのバックナンバー:FATF勧告24改訂の背景で詳報していますので、こちらも是非ご覧ください。
特に、今回取り上げた3か国の動きは、いわゆる企業アプローチ(Company Approach)や登記簿アプローチ(Registered Approach)に関するものが中心ですが、改定後の勧告24では、既存情報アプローチ(Existing Information Approach)を含む多面的アプローチが必須とされる点もまた、押さえておきたいポイントです。

出典:Best Practices on Beneficial Ownership for Legal Persons | Section IV – The Suggested Effective System(FATF、2019/10)より抜粋のうえ邦訳
当ブログでは、これからも実質的支配者の確認を含む顧客管理の在り方について、最新の規制動向や事例を交えて随時発信していきますので、引き続きご参照いただけますと幸いです。
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