実質的支配者

「EU司法裁判所が、EU各国に実質的支配者名簿の公開を義務付ける第5次EU指令の規定を無効と判決」


 「EU司法裁判所が、EU各国に実質的支配者名簿の公開を義務付ける第5次EU指令の規定を無効と判決」 

2022年11月22日にEU司法裁判所が、EU各国に実質的支配者名簿の公開を義務付ける第5次EU指令の規定を無効とした判決を下しました。今号では、その内容と、今後日本における実質的支配者登録簿構築にどのような影響があるか考察したいと思います。

 

CDLニュースレター第19号_図1
 
図1:EU司法裁判所プレスリリース  
 
EU司法裁判所の判決 
第5次EU指令において、実質的支配者登録簿については以下のような規定があります。 
 
加盟国は、実質的支配者に関する情報が、いかなる場合においても、次の者がアクセスできることを確保するものとする: 
(a)管轄当局およびFIUs(資金情報機関) 
(b)カスタマー・デュー・デリジェンスの義務を負った企業・団体 
(c)一般の人々 

 
EU司法裁判所において、この要求事項について無効との判決が下されました。以下に判決のポイントを挙げます。 

・一般の人々が実質的支配者情報にアクセスすることは、私生活の尊重および個人情報の保護に関する基本的権利を著しく侵害するものである。

・開示された情報によって、潜在的に無制限の人数の人々が、実質的支配者の資産状況や財務状況を知ることができる。

・個人情報の不正利用による情報主体への潜在的な影響は、一旦一般に公開されると、その情報が自由に参照できるだけでなく、保持し、広めることができるという事実によって、さらに大きくなる。 

・一方で、EU議会は、実質的支配者の透明性を高めることによって、マネーロンダリングやテロ資金供与を防止しようとしている。そして、一般の人々が実質的支配者に関する情報を入手することは、EU憲章で謳われている基本的権利への重大な侵害をも正当化しうると判断した。 

・しかしながら、EU司法裁判所は、当該対策によってもたらされる(実質的支配者の基本的権利への)侵害は、厳密に必要なものに限定されているものではなく、追求する目的に対して適切なものでもないと判断する。
 
上記内容をみると、EU司法裁判所では、実質的支配者の透明性によるマネーロンダリングやテロ資金供与対策を否定しているのではなく、実質的支配者の情報を一般公開することが、個人情報保護の観点から適切ではないと判断したと理解できます。 
 
EU金融機関・企業情報プロバイダへの影響 
当ニュースレターの第5号でご紹介したように、イギリスでは、企業の実質的支配者(PSC)の情報が、誰でも無料でインターネット上から確認できるようになっており、EUでは同様のシステムを導入した国が増えています。 
 
第5号 2022年5月13日配信 
海外の公的機関における実質的支配者に関する取り組み(イギリス編) 
 
EUの金融機関は、実質的支配者情報について、顧客からの申告に加えて、登録簿の情報や企業情報プロバイダの情報を利用し、顧客申告情報の検証や必要な情報の収集を行っていました。ところが、今回の判決により、実質的支配者の情報が取得できないとなると、CDD(カスタマー・デュー・デリジェンス)に影響が出る可能性があります。 
 
欧州の企業情報プロバイダから話を聞くと、以下のように考えているとのことです。 
「今回の判決は、実質的支配者の情報を「一般公開」することに対する無効の判決であって、マネーロンダリング、テロ資金供与などの犯罪を防止するために、適切な機関がアクセスできることについては、何も触れていない。当社や所属する業界団体などは、必要な機関における実質的支配者情報へのアクセスを認めてもらえるように議論していく。」 
 
弊社としても、今後、必要な機関に対しては、実質的支配者情報の開示が認められるのか、議論を見守っていきたいと思います。 
 
日本の実質的支配者登録簿への影響 
日本においては、実質的支配者に関する登録簿の構築が遅れており、今年1月に任意の制度として「実質的支配者リスト制度」が創設されたばかりです。現在の実質的支配者リスト制度は、届出は任意で対象範囲も限られており、その届出された情報は、当該企業しかアクセスできません。金融機関等は、直接登録簿から情報を得ることは出来ず、届出企業から登録された情報を得ることになります。いわゆる、スモールスタートで制度を開始し、そこから徐々に対象範囲の拡大や義務化して、FATF勧告の要件に近づけていこうとの意図が見られます。(↓ 第4号ニュースレター参照) 
 
第4号 2022年4月22日配信 
実質的支配者リスト制度の内容 
 
しかしながら、今回のEU司法裁判所の判決は、その流れにブレーキをかける恐れがあります。一方で、実質的支配者情報の「一般公開」は無効であるが、必要な機関への開示は有効と明確になれば、そこに向けて動く可能性があります。いずれにしても、今後のEUでの議論や、それを踏まえた日本政府の動きについては、追っていきたいと思います。 
 
 
今号では、EU司法裁判所が、EU各国に実質的支配者名簿の公開を義務付ける第5次EU指令の規定を無効としたニュースを取り上げました。次号では、11月29日に公表された、中国の第3回重点フォローアップレポートの内容をご紹介します。 
 
 
山崎博史

コンプライアンス・データラボ株式会社     
代表取締役、CEO     
山崎博史(Hirofumi Yamazaki)     

富士通、NTTデータにてERPや規制関連システムの企画、開発に従事した後、米国系コンサルティングファームにてリスクマネジメントに関するコンサルティングを多数の金融機関等へ展開。2012年米国Dun & Bradstreet社の日本法人に入社し、プロダクトマーケティング責任者として、リスクマネジメントやコンプライアンス関連製品の国内リリース及び販売を推進。2020年より東京商工リサーチに転籍し、ソリューション開発部長としてコンプライアンス分野を中心にソリューションを展開、現在に至る。      

・公認グローバル制裁スペシャリスト (CGSS)     
・公認アンチ・マネーロンダリング・スペシャリスト(CAMS)      
・公認情報システム監査人(CISA)      
・米国ジョンズ・ホプキンス大工学修士(MSE)    

 

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