2026年6月、一部新聞報道において、政府が法人の実質的支配者(Beneficial Owner、以下「BO」)情報の届出義務化を含む制度整備を検討していると報じられました。日本ではFATF第4次対日相互審査以来、BO透明性の向上が継続的な課題とされており、制度整備に向けた大きな一歩となる可能性があります。
一方で、国際的な潮流は必ずしも一方向ではありません。EUや英国では制度の高度化や情報検証の強化が進められている一方、米国ではCorporate Transparency Act(CTA)に基づくBO報告制度が大幅に縮小されました。各国ともBO情報の重要性は認識しているものの、その実現手法や制度設計には少なからぬ違いが生じています。
目次
EU - 制度整備から制度統合へ
EUでは2024年に採択されたAML法パッケージに基づき、AML Regulation(AMLR)および欧州AML監督機関であるAuthority for Anti-Money Laundering and Countering the Financing of Terrorism(AMLA)の整備が進められています。
出所:About AMLA - Authority for Anti-Money Laundering and Countering the Financing of Terrorism
もっとも、EUにおける現在の論点はBO制度の導入そのものではありません。多くの加盟国では既にBOレジストリが整備されており、実質的支配者情報を収集するための法的枠組みは一定程度構築されています。
現在EUが取り組んでいるのは、加盟国ごとに異なっていたBO判定基準や間接保有比率の算定方法を統一し、制度の整合性を高めることです。複雑な企業グループやクロスボーダー取引が一般化する中で、同一企業グループに対して加盟国ごとに異なる判断が行われる状況を是正しようとしているのです。
言い換えれば、EUは「BO制度を作る段階」を既に通過し、「どのように制度を高度化し、実効性を高めるか」という段階へ移行しています。実質的支配者情報の収集そのものよりも、その品質や域内での一貫性が重視されるようになっていると言えるでしょう。
BO透明性の分野で先進的な取組みを続けているのが英国です。英国では2016年からPSC(People with Significant Control)制度が運用されており、企業は実質的支配者情報の登録と継続的な更新を義務付けられています。世界的に見ても早い段階からBO透明性の向上に取り組んできた国の一つです。しかし現在の英国が重点を置いているのは、BO情報の収集ではありません。
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「海外の公的機関における実質的支配者に関する取り組み(イギリス編)」
2023年に成立した経済犯罪及び企業透明化法「Economic Crime and Corporate Transparency Act(ECCTA)」に基づき、Companies Houseの権限強化が段階的に進められています。具体的には、身元確認制度(Identity Verification)の導入、提出情報に対する照会・確認権限の強化、虚偽や不正確な情報への対応能力の向上などが含まれており、こうした改革の背景にあるのは、「登録されている情報は本当に正しいのか」という問題意識です。
出所:Economic Crime and Corporate Transparency Act: outline transition plan for Companies House - GOV.UK)
どれほど立派なBOレジストリを構築したとしても、そこに登録されている情報の信頼性が担保されなければ、捜査機関や規制当局にとって十分な価値を持ちません。英国の改革は、「情報を登録させる制度」から「情報の正確性を担保する制度」への転換として理解することができます。 この点は、FATF第5次相互審査において重視される「正確性(Accuracy)」や「最新性(Up-to-date)」という考え方とも重なっています。
一方、米国では異なる動きが見られます。Corporate Transparency Act(CTA)は2021年に制定され、FinCENによるBO情報の集中管理を実現する制度として期待されていました。当初は、多くの米国法人やLLCを対象に、実質的支配者情報を連邦政府へ報告させる構想でした。
しかしその後、制度は大きく方向転換します。2025年に公表された暫定最終規則を経て、2026年8月、FinCENは最終規則を公表しました。この規則により、米国法人および米国人に係るBO報告義務の大部分が恒久的に免除されることとなりました。さらにFinCENは、対象外となった米国人に係る既報告情報について削除方針も示しています。
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各国の実質的支配者に関わる規制動向〜第5次FATF相互審査に向けた法制度強化の潮流〜
その結果、現在の制度は主として外国法人および外国人BOを対象とする仕組みへと再編されています。制度自体が廃止されたわけではありませんが、当初構想されていた包括的なBOレジストリ構想は大きく後退したと言えるでしょう。
FATFガイドラインが示す本質
2023年3月、FATFは改訂勧告24に対応するための「実質的支配者に関するガイドライン(Guidance on Beneficial Ownership of Legal Persons)」を公表しました。当ブログでも過去に取り上げていますが、このガイダンスで示された考え方は、現在の各国の制度改革を理解するうえで非常に示唆に富むものとなっています。特に注目したいのは、FATFがBOレジストリそのものをゴールとして位置付けていない点です。
ガイダンスでは、実質的支配者情報の把握方法として以下の3つが示されています。
- 企業アプローチ(Company Approach)
- 登録簿アプローチ(Registry Approach)
- 既存情報アプローチ(Existing Information Approach)
一方、いずれか単独ではなく、複数のアプローチを組み合わせる「多面的アプローチ(Multi-pronged Approach)」が推奨されています。また、当局が利用する情報についても、「追加的補助手段(Supplementary Measures)」により継続的な検証を行うことの重要性が繰り返し強調されています。
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FATF「実質的支配者に関するガイドライン」のドラフトの内容について(3)
【2023年3/10公表】FATF「実質的支配者に関するガイドライン」の内容について(3)
【2023年3/10公表】FATF「実質的支配者に関するガイドライン」の内容について(4)
まとめ
EUは制度の統合と高度化を進め、英国は登録情報の検証能力強化に取り組む一方、米国では包括的BOレジストリ構想が後退し、事業者負担軽減を優先する方向への転換が見られます。 FATFは「十分で、正確かつ最新のBO情報への迅速なアクセス」を各国に求めていますが、その実現方法について唯一の正解を示しているわけではありません。EUは制度統合、英国は検証強化、米国は負担軽減という異なるアプローチを採用しており、BO透明性を巡る各国の模索は今後も続くものと思われます。